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## 挿絵
## 第一章 その名はシュヴァルツ・リヒター
スキャン:怠惰の塊・某ロ ——玄関を開ければ、死神がいた。 それは十七歳の誕生日の朝のことだった。 ケーキで浮かれる歳でもなければ、両親から贈り物をもらう歳でもない。 それでも年に一度の特別な日ではある。天気はよく、朝の空気も心地よく、悪いことが起こる気配など微塵もない、そんな春の日。少し浮ついた気分で朝の支度を始めようとしたとき、玄関のすりガラス越しに来客の姿が見え、呼び鈴が押されるより先に戸を開けてみると—— そこに立っていたのは、死神だった。 「……」 背丈のさほど高くない明が、見下ろせるだけの余地がある、小柄な死神。 百五十センチにも届かないその小さな身体は、フード付きの漆黒のマントに覆われていた。擦り切れたマントの裾から伸びた細い両脚が、コンクリートを踏んでいる。マントの上からは肩幅などまったく見て取れない。いわゆるスレンダーを超えた、病的な細さ。 もしかして死神のマントの下には骨しかないのでは——明はそう思ったものの、すぐに否定した。フードの隙間から、うつむいた死神の顎がわずかに覗いている。白く尖ってはいるが、骸骨にはまだ遠い。定窯の磁器のように白い顎の上に、ほんの少しだけ見える、死を告げるのにこれ以上ないほど似合った薄い唇。 築四十年の純和風のボロ家の玄関先に佇む、西洋風の死神。 明は今日の日付を確認した……
## 第二章 魔王様なんて呼ばないで
「……埃、すごい」 軋む階段を上がらされ、廊下に立った瞬間。要は口を押さえてそう言った。 「うるさいな。普段使ってないんだから、仕方ないだろ」 かつて貸し出されていた、椎名家の二階。 まっすぐ延びる廊下の右手には古びたアルミサッシ、左手にはベニヤ感満載の、見た目からして激安の扉が並んでいる。扉は五枚。 壁に残ったシールの跡(火気厳禁。室内は禁煙だったのかもしれない)を見て、明は子どものころ、入居者のお兄さんやお姉さんたちと遊んだ日々を思い出した。ついでに、バイクの後ろに乗せてもらって落ちたことも思い出し、後頭部の十円玉大の禿が微妙に痛んだ。(注:現行の十円硬貨の直径は23.5ミリ) (……おい、今は昔を懐かしんでいる場合じゃないだろ) 気を取り直して、手近な扉を開けた。明が入り口をくぐると、桜と要も部屋に入った。 「電気は……ううう、紐が逃げた……よし」 桜が蛍光灯の紐を引き、明かりをつけた。 「紐!?」要が呆れた声を上げた。「まだ紐を引くやつ? リモコンは?」 「そんな高尚な道具があるわけない」 部屋は六畳で、奥に窓が一つ。扉の脇に小さな押入れ。コンセントは窓の下に二つ。トイレも水回りもない。貸し部屋だったころの家賃は二万八千円。 「なんという狭さ……
## 第三章 猫とデートと四天王
雀の鳴き声と、屋根を歩く猫の足音が、明の意識を呼び覚ました。 「……ん」 浅い眠りから覚めた明は、布団の中でぱっと目を開けた。掛け布団の中に侵入者はいない。身を起こす。部屋を見渡し、異常がないと確かめてから、安堵の息を吐いた。ちょうど鳴りだした目覚まし時計を止め、布団を出る。 襖を開けて廊下へ出、その先の玄関を覗く。不審な来訪者はいない。 台所から、包丁を使うトントンという音が聞こえる。桜が朝食の支度をしているのだろう。 「……平和だな」 平和すぎて、少し感動さえする。昨日も一昨日も、あの騒ぎは何だったのか。 明はそのまま寝間着姿で洗面所へ行き、顔を洗った。広い庭に朝日が差し、青草が空へまっすぐに伸びている。 明は洗面所の窓を開けた。一瞬、生命力に満ちた春の空気が、とめどなく流れ込んでくる。明は窓から身を乗り出し、深く息を吸った。 「気持ちのいい朝だな……」 朝の澄んだ空気を味わっていると、突然、鼻先を何かがかすめた。 「——うわっ!」 反射的に後ずさる明。 ひらりと、何かが庭に降り立った。黒いマントが、颯爽と風にはためく。 「シュヴァルツ!?」 降りてきたのは、黒いマントをまとった、魔族を名乗る者。その懐から茶色い小動物が飛び出した。猫だ。茶トラは、このあたりには一匹しかいない。裏のおじいさんが半ば放し飼いにしている、五郎左衛門。 黒い影が地面を蹴って猫を追う。逆手に持った短刀を勢いに任せて振り下ろすが、猫は背中で……
## 第四章 魔族
誰かがキーボードを叩いている。 「……先、輩?」 いや、違う。 低い打鍵音にはどこか聞き覚えがあるが、鼓膜になじんだあの音とは決定的に違う。力を入れすぎている。なぜか傲慢な印象を受ける。 「目が覚めたか」 すぐそばから声がした。 振り返ると、手足を縛られた典子が、芋虫のように、明から一センチと離れないコンクリートの床に倒れていた。顔には殴られた跡がある。 「先輩! 誰がこんなひどいこと……あっ!?」 起き上がって典子のもとへ駆け寄ろうとした明は、自分も典子と同じく両手を背中に縛られていることに気づいた。 「なんだよこれ。いったいどうなって……」 「……悪いな」典子。 まったくわけがわからない。典子は風邪で家で休んでいるはずではなかったか。なぜこんな場所に——というか、ここはどこだ? 明は周囲を見渡した。 学校の体育館よりはるかに大きい建物。コンクリートの床には荷物運搬用のフォークリフトが並び、清涼飲料の段ボールが柱のように積み上げられている。どうやら飲料メーカーの倉庫らしい。 倉庫の中には、商品を搬出したあとの、テニスコート二つ分ほどの空きがあり、明と典子はそこに倒れていた。そして二人から少し離れたところに、十人ほどの男がいる。その中に見知った顔があった。明は呼びかけた。 「浪岡さん!」 典明は答えなかった。膝の上のノートパソコンに、何かを打ち込んでいる。 「浪岡さん! どういうことですか! 縄を解いてください!」 「……ん?」典明が顔を上げた。「ああ、俺に言ってるのか。……
## 終章 陽だまりの春の午後
「俺が魔王じゃないだって!? どういうことだよ?」 「事実よ。『椎名明は百パーセント正真正銘の人間』……検査の結果はそれ。魔族ですらないのに、魔王であるわけがない」 人類純化同盟との戦いの翌日、家で休んでいた明を桜が見つけ、開口一番そう言った。 「椎名くんは魔王じゃなかったのね。おめでとう」 「じゃあシュヴァルツはどうなるんだ? あいつは魔王の血を飲んだから四天王の本当の力を解放して、瀕死から生き返ったんだぞ」 明が魔王でないなら、シュヴァルツ・リヒターの復活をどう説明すればいい? 「さあね。本人の思い込みが生んだ奇跡、とか?」 「そんな適当な説明……」 冗談で済む話ではない。 明はすでに、自分が魔王であるという現実を受け入れていた。もちろん、人類を敵に回すつもりも、世界を滅ぼすつもりも、これっぽっちもない。ただ、もう二度と元の平凡な人間の生活には戻れない——そう覚悟は決めていた。 ところが、検査結果はこうだ。 「じゃあシュヴァルツは? 俺が違うなら、あいつだって違うだろ」 「十五パーセント」 「は?」 「彼女が魔族である可能性は十五パーセント」 何だそれ。天気予報か。 「何を言ってるのかわからない。その検査、白黒はっきりつかないのか?」 「私もそう思っていたけど、どうやら違うみたい。専門的なことを聞かれても、答えようがないわ」 「…………