野球少女

NOVEL · SECTION 01 OF 01 · 日本語

野球少女 — Section 1

# 野球少女 ## 序章 > https://www.bilinovel.com/novel/1639/60555.html 金属バットを握った女の子に追われ、あちこち逃げ回っている。頭はほとんど思考を止めかけていた。とにかく止まるな——伝えられる命令はそれだけだ。小学校と中学校のころ、運動部に積極的に入って鍛えた体なら、体力測定レベルの持久走くらい難なくこなせる。しかし金属バットがきらきらと光るたびに、呼吸のリズムはひどく荒くなる。しかも今の状況は、逃げるのにかなり不利だ。カバンがずしりと肩にのしかかり……

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THE READING ROOM

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Contents · 1 sectionsSection 1

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Section 1

## 序章

金属のバットを持った女の子に追われて、あちこち逃げ回っている。 頭は、ほとんど思考を止めかけていた。 とにかく止まるな。体に伝えられる命令は、それだけだった。 小学と中学のころ、運動部に積極的に出て鍛えた体なら、体力測定程度の持久走くらい、苦もなくこなせる。だが、金属バットがきらきらと光るのを見るたびに、呼吸の調子はひどく乱れた。しかも今の状況は、逃げるにはかなり不利だ。鞄はずっしりと肩にのしかかる。制服のズボンは足にまとわりつく。サイズが少し大きい革靴が、今は憎らしいほど恨めしい。 葉岡智紀は、つい自分の運命を恨み始めていた。 本当に変な奴は多い、と彼は思う。 「やだ、いまの、けっこういい打球だったでしょ。ねえ、あなた」 バッティングセンターから出るたびに、そんな声が聞こえてくる。マシンが吐き出す白いボールを打ち続けながら、ひそひそ話のような雑音がずっと耳に入る。どうも、こちらを見ているバッティングセンターに特有の気配だと感じる。 あるのだろう、こういうものも。 智紀は少し苛立ったように、低くつぶやいた。上半身裸の中年コーチが彫像のように立ち尽くし、野球部の練習を見つめている。そんな光景は、グラウンドでもよく見かける。声は女のものだが、あの男と同じ種類の人間なのだろう。つまり、野球バカだ。 智紀は、大学生らしい二人の姿が練習場へ入ってくるのをふと認め、思わず声の主へ視線を向けた。その野球バカの女は、まさに……

## 第一章 白昼夢*夢の末路

一度は、もう諦めていた。 ここは甲子園のマウンドだ。 大スタンドから伝わる振動は、一向に止みそうにない。 球場は灼熱の坩堝と化したかのような振動を、空気と地面を通して、マウンドに立つ智紀へ伝え、心を揺さぶる。ベンチのほうからはチームメイトたちの怒号のような声援が聞こえ、母校から来た応援団が祝福の眼差しで自分を見つめていることを、智紀は知っていた。 智紀は捕手の位置に小さくうなずき、屈強な打者を一瞥して、ゆっくりと投球動作に入った。 両腕を頭上に掲げ、上体をひねり、腰を沈め、限界まで力を溜めて、脚を軸に爆発させる。下半身の筋肉から力を立ち上げ、上体へ。肩から肘へ、肘から手首へ。 指先が、鋭い音を立てた。 ロジンの粉が宙に舞う。 白球は尾を引く流星のように、白い粉塵をまとって高速で飛び出した。 投げ出されたその球を中心に渦が生じ、ゆっくりと、スローモーションのように進む球が、一瞬で駆け抜け、大気に断層を切り開く。 細糸のように切り裂かれた幾筋もの微細な断層が、球の周りの渦に巻き込まれ、ゆっくりと帯状に広がっていく。灼熱の気流に満ちた十八・四四メートルの距離も、妖魔のように興奮して震える球場さながらに激しい球場も、もはや何の意味もなく、ただ沸騰する情熱で大声の歓声を送るすべてが砕け散り、智紀の眼前は灼熱の太陽に溶かされたように、真っ白に染まった。 キン!――ゴォォォン……

## 第二章 バレエ×ヴァイオリン

……慌てて、落ちた本を拾い上げる。 美姫子は、目を上げて見た。バッティングセンターから出てくる智紀は、まだこちらに気づいていないようだ。美姫子は急いで本を膝の上に広げ、ばらばらとページをめくった。百七十八ページ。そして、そこに書かれた文章をざっと目で追いはじめる。 「――こんな本を読んでて、飽きないの?」 美姫子は平静を装って顔を上げた。再生紙に印刷された物語に、未練はない。この一ページを丁寧に読み込んだところで、百ページ以上も飛ばせば、ただのネタバレになるだけだ。 「いつも同じのを打ってて、飽きないの?」 智紀のぼんやりした口調をそっくり真似て、そう返す。彼はおかしくも両手を広げた。 「それで楽しいの?」 「楽しいわよ」 いつもの冷ややかな声で答える。さっきとはまるで違う声に、智紀は少し驚いた。 「本当に?」 「本、貸してあげる。面白い本よ。わざわざ持ってきたの」 「いらないよ」眉をひそめて手を振る。「どうせまた、やたら難しい哲学書を読んでるんでしょ」 「そんなわけないでしょう」美姫子は手の中の本を見た。たしかに扉の見返しには、「ミステリの鬼才が放つ、現代スリラーの傑作!」と書いてある。 あ、何か思い出したように、智紀が声を上げた。 「そうだ、あれだろ。男と男が情感张力で逢い引きする話」 「死にたいなら、今すぐ死んで」 「冗談だよ。そんなに怒るなよ」 乾いた笑いを浮かべてごまかそうとすると、美姫子はため息をついた。閉じた本をバッグにしまい、……

## 第三章 野球少年×天使の舞う空

突き出た岩に手をかけ、垂れ下がったプラスチックのロープをつかみ、光の射してくる方向へ進む。子供たちが歓声を上げて追いかけっこしているのを見て、智紀も少し歩を速めた。波の音が、すぐ近くまで寄ってくる。 「おいおい、かなりすごいな」 視線の先に、上へ広がる壮大な光景を見て、思わず感嘆の声が漏れた。 ウォーターリゾート「AQUA」は、水にまつわるさまざまなアトラクションを集めた屋内テーマパークだ。一年中、夏の楽しみを体験できるというコンセプトを掲げ、ガラスドームの天井の下にはウォータースライダー、流れるプール、露天風呂、ヤシの葉をあしらったレストランなどが巧みに配置されている。岩壁や洞窟の荒々しい造形、目に鮮やかな熱帯植物といった内装が、南洋のリゾートビーチで道に迷ったような情趣を、目の前にありありと浮かび上がらせていた。 なぜ智紀が、この都市に浮かぶ南国の島へ来ることになったのか。理由は簡単で、美姫子に誘われたからだ。「この前のお礼」といった類の口実である。なぜ美姫子がチケットを二枚持っていたのかといえば、智紀と夏希がそれぞれ使う分を、美姫子が自腹で用意したからだった。 美姫子自身は、悪夢に取り憑かれているという実感はなかった。あとから説明を聞いても半信半疑で、家が壊された様子を見て、「ああ、そういうことなのかも」と思った程度だった。それから千尋に、「あの二人はあなたを救ってくれた恩人なのよ。ちゃんとお礼をしなさい」と言われ、今回の企画になった。 千尋は、本来なら一緒に来るはずだった。だが、大学受験の追い込みをせねばならず……

## 終章

「葉岡です」インターホンに答えると、すぐにドアが開いた。サンダル履きの美姫子が、ふっと顔を出す。 「あ、帰ってきたのね。おかえり」 「お土産、買ってきた」智紀は大きな紙袋を開けた。 「ありがとう。……うん、少し日焼けしたわね」彼の頬をじっと見つめて、「入って。お茶、入れるから」 「お邪魔します」と言って靴を脱ぎ、美姫子の部屋に入る。夏休みの炎のような酷暑とは無縁の室内。エアコンはちょうどいい具合に効いていて、外の灼熱が嘘のようだ。テーブルの上に無造作に積まれた楽譜は、解き難い暗号を眺めているかのようで、冷たい緑茶と水羊羹が盆に載せて運ばれてきた。 「で、どうだった? 楽しかった?」脚を開いて座った美姫子は、答えが聞きたくてたまらない様子で、そわそわしている。 智紀は遠慮なく緑茶を喉に流し込み、それからポケットからデジタルカメラのメモリーカードを取り出した。そして美姫子のノートパソコンに差し込み、画面を呼び出す。 美姫子は緊張した面持ちでディスプレイを見つめる。 「え、これ、あのアメリカンなスタジアム?」 白い壁に囲まれた、伝統ある球場を、大勢の人を背景に撮ったものだ。白い壁の教会のようでもある。 「このスタジアム、傾斜がすごくてびっくりするよ。外野席とフィールドの距離が近くて、すごく見やすい」 「あ、夏希だ」 オレンジ色の迷彩柄の、袖の短いノースリーブのスポーツシャツを着た若い少女が、眩しい天然芝のフィールドを背景に写っている。振り返りながら微笑んでいる。ピースサイン。 「ねえ、これは?……

## あとがき

「あとがき」を本当に書く日が来るとは、そのときは思ってもいなかった。 みなさん、こんにちは。 今回、電撃小説大賞銀賞という慶賀すべき賞をいただいた、樹戸英斗です。 最初に編集部から電話が来たとき、わたしはまだ二ヶ月に満たない療養のさなかでした。ようやく快復し、急いでこの仕事に取りかかりました。過大なプレッシャーで一時的に病状が悪化し、その日は結局、一睡もできませんでした。 授賞式の日も体調が思わしくなく、先生方がせっかく声をかけてくださったのに、まともに会話もできない病身でした。心から申し訳なく思っています。 こんな臆病な心臓と弱った胃腸のわたしが、ようやく応募原稿の改稿を終え、出版の話もついにまとまりました。 筆を執って応募原稿を書き始めた一年前のことも、今回の改稿も、ずいぶん苦労はしましたが、今となっては過ぎた雲煙で、ほとんど覚えていません。ただ、どこかほのかに「苦さ」を帯びた思い出が残っている気がします。それでも、そのあとのことは、濃い「楽しさ」のような印象を残しています。 そうです。小説を書くことは、もちろんこの上なく楽しい。 最後まで書き切らなければ、それまでの苦労は風とともに消えてしまいます。 ですから、本を書くという道を与えてくださったみなさんには、どうしてもお返ししきれません。今回、本書を完成させる過程で多くの方からいただいた励ましと気遣いのおかげで、みなさんの力があってこそこの本があるのだと、心の底から感じました。 わたし個人の力など、滄海の一粟にすぎません……

## 序章

カキン、と金属バットが澄んだ音を立てた。いい当たりが、二塁手の正面へ飛ぶ。二塁手は容易く捕れると思い、その場で構えた。ところが横から走り込んできた野手が、奪うようにボールをつかみ、流れるような速さで一塁へ送球した。 パシッ、という心地よい音が、河川敷のグラウンドに響く。 判定は、ゆったりと下された。 「……」 一塁手の智紀は、球を投手に返したあと、グラブを外した。捕球用のグラブをしていたのに、手のひらは真っ赤になり、時折ひりひりと痛む。智紀はすでに片手で帽子を脱ぎ、不快そうに二塁付近に立つ少女を睨みつけた。「智紀、ナイスキャッチ!」親指を立ててそう言ったのは夏希だ。「あたしが全身の力で打った球を止められるなんて、腕、まだ鈍ってないじゃない」。夏希は嬉しそうに微笑んだが、智紀は褒められて喜ぶどころではなかった。 「ばか!」 智紀はバットを地面に投げ、両手の痛みに震えた。 「どこの世界に、二番目の球を処理する権利があるんだよ!」 「二列目から飛んできたのよ。オシムが、三人目の運動能力が一番大事だって言ってたじゃない」 「野球のグラブはめたまま、サッカーの理論を実践しないでくれる?」 「智紀、少し落ち着いたら?」屋根のあるベンチに座った美姫子が、全力で呼びかけた。 「こういうとき、夏希が何を言っても無駄なんだから!」……

## 第一章 魔王*月の巫女

日本に来るのは、これで三度目だった。 一度目は、仕事で。 二度目は、旅行で。 そして、三度目は…… 「暑いな、たまらない」 アイスクリームの棒をゴミ箱に捨てた白衣の男は、ひげにまだクリームをつけたまま不平を漏らしはじめた。沸騰する熱気もサウナも形容にならない強烈な湿気が、顔じゅうを汗まみれにし、バニラアイスの溶けた汁と混ざって、唇のあたりがぬるぬるしている。そのうえ、こんな炎天下でアイスなど持てば、指までバニラで絡みついてべとべとだ。 ジェシカは、ただ目を上げて空を見た。 三度目は――老人の介護。 「どうぞ」 ジェシカがハンカチを老人に渡す。「これは本当にありがたい」オズワルトが受け取った。 それでも、やはり暑い。 粘つく空気が、体にぴったりと張りついている。 そのとき、通りがかった十代らしい少女が、まばたきしながら老人を二度、三度と見た。学生は今ごろ夏休みなのだろう。実に都合のいい身分だ。腹が立つ…… 「ありがとう、ジェシカ」 礼を言ったあと、オズワルトが先に歩き出す。ジェシカはもう使えないハンカチをゴミ箱に捨て、堂々とオズワルトの進む方向へついていった。 外国人である二人は、駅前の人混みの中でひどく目立っていた。 こんな地方の小都市、江尾丘では、およそ見かけるはずのないタイプの人間だからだ。 そのことは、ジェシカには気づかぬうちに分かっていた。ただ、こうして歩きながら、四……

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