魔王

NOVEL · SECTION 01 OF 01 · 日本語

魔王 — Section 1

# 魔王 ## ——解説—— > https://www.bilinovel.com/novel/326/27460.html 奇想・天才・伝説 張筱森。伊坂幸太郎を論じる文章ではあるが、まずは二〇〇六年、第百三十四回直木賞の話へ少し脇道にそれることをお許しいただきたい。この回の目玉は、もちろん東野圭吾が五度の落選の末、ついに『容疑者Xの献身』で受賞したことだ。長年の念願が叶い、デビュー二十年に花を添える結果とも言える。五度連続で候補に挙がりながら五度とも落選した東野の経歴は、日本の大衆文壇と読者のあいだに、ひそかに一つの……

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Section 1

## ——導読——

奇想・天才・伝説 張筱森 伊坂幸太郎を論じる文章ではあるが、まず少し脱線して、二〇〇六年の第百三十四回直木賞に触れておきたい。この回の大ニュースは、もちろん東野圭吾が五度の落選のあと、ついに『容疑者Xの献身』で受賞したことだ。長年の念願がかない、デビュー二十年に花を添える結果とも言えた。五度連続で候補になり、五度とも落選した経緯から、日本の大衆文壇と読者のあいだでは、どこか切ない響きをもつ「東野圭吾ルート」という言葉が、ひそかに流通しはじめていた。ノミネートされ続け、落選し続け、やがて直木賞を受けるべき年齢を過ぎてしまう作家を指す言葉である。東野は六度目の候補でようやく、あまり名誉とは言えず、あと一歩で伝説になりかねないその不幸な影から抜け出した。しかし、東野がついに受賞したという、この喜ばしい事実の裏側には、実はもうひとり、きわめて有力な「東野圭吾ルート」の候補者がいた。本稿の主人公――伊坂幸太郎である。 伊坂幸太郎は一九七一年、千葉に生まれ、仙台にある東北大学法学部を卒業した。小学生のころはほかの子どもと同じように、さまざまな児童書を読んでいた。少し年を重ねると、当時流行していた国産のエンターテインメント小説、たとえば都筑道夫、夢枕獏、平井正和らの作品を読みはじめ、高校では島田荘司の『北方夕鶴2/3の殺人』を読んで、島田の熱狂的な読者になった。そして高校時代、『絵画とは何か』という美術評論集の一冊に触れたことがきっかけで、伊坂は、想像力を使えるのだと考えはじめる……

## ——魔王——

「とにかく、時代は変わりつつある」 ――『時代は変わりつつある』ボブ・ディラン 「時代はちっとも変わっていない。どこか滑稽な気がする」 ――『腹立たしい年鑑』太宰治 男は背を丸め、頰はたるみ、まぶたは腫れ、額には老人性のしみが広がり、薄い白髪をぴったりと後ろへ撫でつけていた。つり革をきつく握り、地下鉄が揺れるたびに、木の棒のように細い両脚が絶えず震え、今にも転びそうだった。電車の速度がしだいに安定してくると、牙をむくように凄んで言った。「なんで堂々と座ってるんだ。自分が皇帝だとでも思ってるのか。くそっ!」 果物を干からびさせたように全身が皺だらけのこの老人が、あれほど威嚇するような咆哮をあげた。思わず、体じゅうがこわばった。 1 二十分前、僕はJR東京駅とつながる美術館を出て、雑踏をかき分け、ようやく地下鉄の改札を抜け、ホームへ滑り込んできた丸ノ内線に飛び乗った。 空席を見つけて座り、目を閉じてひと息つこうとしたとき、突然声がした。「安藤じゃないか」。目の前に立っていたのは、大学の同級生だった。卒業してからは一度も会っていなかったが、たった五年会わないうちに、髪はほとんど誰だか分からないほど短くなっていた。だから、すぐに彼だと気づかなかった。「島だったのか!」 午後一時。車内はそれほど混んではいなかったが、どの車両にも、吊り革につかまって立っている人が何人かいた。僕の隣の席がちょうど空いていたので、島は当然のように腰を下ろした。 「君が犯人なのか?」と僕は言った。 「そんな挨拶、するやつがいるか?」 「だって、その髪が……

## ——呼吸——

「消灯だよ」と言い終える間もなく、僕はもう眠っていたようだった。夜中に目を覚まし、潤也の上半身を覆う布団を見ていた。 呼吸が止まっていたりしないだろうか。不安だった。視線を潤也から離せない。潤也はうつぶせに眠り、肩が布団の外に出ている、 時計を見ると、時刻は深夜一時。カーテンはぴったり閉まっていたが、廊下の電気が消えていないので、真っ暗というわけではなかった。潤也は目を閉じ、鼻を布団にぴったりつけている。淡い茶色の布団が、ゆっくりと、盛り上がった地面のようにふくらみ、またしぼんでいく。いつのまにか僕も、彼の呼吸に合わせて、吸って、吐いて、吸って、吐いていた。 僕も潤也も、裸だった。数時間前、このダブルベッドで愛し合い、身体を絡ませたまま、心地よく眠り込んでいた。 仙台は東京より寒いと、前から聞いていた。本当だった。もう四月だというのに、春の気配がまったく感じられない。 裸で寝ていて、夜中に寒さを感じて目が覚めた。ベッドの上を探ってパンツを見つけ、履いた。起き上がってトイレへ向かう途中、食器棚の上の写真が目に入った。 僕と潤也、そして潤也の兄と一緒に撮った写真だ。場所は東京の遊園地。兄が亡くなる前、三人で遊びに行ったときに撮ったものだ。 兄は写真の真ん中に立ち、僕と潤也がその両脇に立っている。僕は指を二本立ててピースをし、潤也はファイティングポーズを取ろうとして、胸の前で軽く拳を握っている。チョキとグー。じゃんけんなら、あのときも僕の負けだ。 「詩織。潤也はよく、気の抜けるような……

## ——解説——

選べるとしたら、あなたはどちら側に立つ? 曲辰 You may say I’m a dreamer. But I’m not the only one. ――『Imagine』歌詞 あの写真を見たとき、これはわざとだと感じた。 写真には少年が二人いる。右の少年が少し背が高く、二人とも幼さの残る顔で、愛嬌たっぷりにレンズへ向かって口を開けて笑っている。それぞれが胸の前で掲げたバットは、別々の方向へ伸び、Vの字を描いていた。 これは、日本の読書雑誌『ダ・ヴィンチ』二〇〇七年四月号が、伊坂幸太郎の特集のために選んだ一枚だ。 右の少年が伊坂幸太郎、左が弟である。 兄弟がバットを持っているのを見て、伊坂幸太郎の読者なら、誰しもあの、きわめて凝縮され、忘れがたい書き出しを思い浮かべるだろう。春は、二階から飛び降りた。 『重力ピエロ』のあの兄弟、泉水と春。彼らはきわめて悲しい宿命を背負いながら、小説はなお、重力を無視するピエロのように、軽やかに飛びつづける。 今回、伊坂幸太郎はもう一組の兄弟を登場させた。そして彼らが向き合っているのは、たしかに、宿命よりもはるかに全方位的な重力だ。 『魔王』は単行本になる前、講談社の『エソラ』に連載された。ただし作者は〈魔王〉を書いていたとき、〈呼吸〉の存在を意識していなかったらしい。そのため一冊の本として成立するよう、単行本化の際に大幅な改稿が施された。そうした事情のもとで、僕はどうしても、二編の差異に目を留めてしまう……

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