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## 第一章 父の家出
目を閉じれば、あの年の煌めく星空が見える。 世界が止まったように、自分の心臓の音が聞こえる気がして、 だから流れ星に、こっそり願いをかけた。 一緒にスローで踊ったあの歳月を、忘れないでほしいと…… 緻密な心を持ち、科学と星に魅せられた加地。 辛抱が足りないけれどサッカーを愛するお人好しの巧。 そして、加地を深く愛することこそ最大の幸せだと思っている奈緒子。 三人は、互いの人生において、もっとも大切な人だった。 加地の不慮の死をきっかけに、悲しみに暮れた奈緒子は、廊下で眠る生活を始める。 折よく手を差し伸べた巧は、奈緒子に温もりをもたらす一方で、二人を尽きることのない回想へと引きずり込んでもいく。 そのあいだ、奈緒子は父の家出と、崩れゆく家庭という衝撃に直面し、 巧は、勇気を出して愛を追うべきか、友情を裏切ることになるのかのあいだで葛藤する。 今度こそ、天を裂く流れ星は、約束どおり願いを叶えてくれるのだろうか? 第一章 父の家出 半年前から、私は廊下で寝ている。 家は郊外にあり、住居はかなり広い。セメントの床を踏んだ先に、廊下と呼ぶには少し違うけれど、それでもシングルの布団を一枚敷ける空間がある。もちろん、そこは寝るための場所ではない。それでも私は、ずっと布団を敷いたままにしている。毎晩、その布団の中へ潜り込む。 廊下の扉の上部、天井に近いところには、雪の結晶模様のすりガラスが嵌め込まれている。築二十年ほどの家では、よく使われるガラスだ。そのおかげで、家の前の街灯の光が、私が横になっている場所まで差し込んでくる。壁紙は、もうすぐ剥がれ……
## 第二章 流れ星の機械とプラネタリウム
目の前に敵がいる。 身を反らして、相手の繰り出した拳をかわす。弓身というのは体を後ろへ反らすことで、ボクシングの練習で最初に教えられる基本技術だ。だが俺にとっては、基本技術ですら予想外に難しく、体が硬いこともあって、かえってどっちつかずの形になる。かろうじて避けても、山崎先輩との距離は縮まってしまう。 まずい…… ステップとストレートしか覚えていない俺に、接近戦などできるはずもない。相手の赤いグローブに向かって両腕で厳重にガードする。だが、山崎先輩の拳は容赦なく打ち込んでくる。 「どんっ!」鈍く重い衝撃。防御があまりに弱々しく、体のバランスが崩れる。 山崎先輩の拳は腕のあいだをすり抜け、顔のど真ん中に入る。相手が着けているのはわずか十六オンスのグローブで、俺もヘッドギアを着けてはいる。それでもこの一発は、ひどく効いた。ふらふらと、フックとも呼べない右の大振りを出す。もちろん俺の拳が山崎先輩に当たるはずもない。それどころか、右の腹に強烈な一撃を食らう。この一発はかなり効いた。顔を打たれたときの苦しさもあるが、腹のほうがもっと痛い。喉の奥から、熱いものがこみ上げてくる。 吐きそうになるのを必死で堪えていると、山崎先輩の声がした。「攻めてこいよ、巧」。練習とはいえ、声はとても冷静だ。 俺はうなずき、教えられたとおりに拳を出す。体重を脚に乗せ、左腕を伸ばすことを頭で意識する。自分でも気恥ずかしい、軸足の狂ったストレートだ。案の定、……
## 第三章 彼と父
居間から、男の話し声が聞こえてくる。台所にいる私には、話の中身はわからない。それでも、雰囲気がとても和んでいるのは感じ取れる。 それにしても、父と恋人の初対面が、こんなにも早く訪れるとは思いもしなかった。もちろん、父たちが九州に住んでいるという理由もあるけれど、もともと紹介するつもりはなかった…… 予期せぬ展開に少し戸惑いながらも、気にしすぎないように料理に集中する。玉ねぎを細かく切り、にんじんの皮をむき、あれこれ考えないようにする。 居間を見やると、二人はローテーブルを挟んで向かい合って座っている。 「もう少し待ってください」しゃもじを手に、私は大きな声で言う。「あと十分くらいです」 父はうなずく。「わかったよ!」 「うん、ゆっくりでいいよ」と巧が言う。そのあと、顔色が急に変わった。 父がいることを忘れていたらしく、いつも通りの口調で答えてしまったのだ。それから、少し怯えたように、父の反応をこっそりうかがう。本人は自然に振る舞っているつもりかもしれないが、見る人が見れば、そうでないことは一目でわかる。 父はもちろん気づいている。 巧はどうして、あんなに馬鹿正直なのだろう? もちろん、それも彼の長所ではあるのだけれど…… 幸い、父は気づいていないふりをしてくれた。 「俺たちは俺たちで話してるから、ゆっくり用意してくれ。娘の夕飯を待つのも、悪くないもんだ」父は缶ビールを手に取り、愉快そうに言う。 巧は慌てて満面の笑みを浮かべ、同じようにビールの缶を掲げる。 ああ、これはかなりまずい……頭が痛くなってきた。早く背を向けて逃げたほうがいい。 「ビールはまだあるから、足りなかったら、……
## 第四章 シュート
目が覚めると、着ている服は昨日と同じだった。着替えることさえせずにベッドへ入ったらしい。窓から差し込む陽光と影が、一日がすでに半分過ぎたことを告げている。 ——少し飲みすぎたな…… 俺の酒はそれほど強くない。飲みすぎると翌日はたまらなく辛く、アルコールが体の奥まで染み込んだような気分になる。だが奈緒子の父親は酒が本当に強くて、俺より多く飲んでいるのに、顔がまったく赤くならない。九州の人間だと言っていた。九州の人は酒が一流だという話、本当だった。 汗臭い長袖のTシャツを脱ぎ、クローゼットからきれいな服を出して羽織る。あくびをして、伸びをして、それから右脚を上げ、腿から外側へ回す。終わると左脚でも同じことをする。サッカー部に入っていた頃から続けているストレッチだ。ただ、脚はもう昔のように高く上がらず、股関節も足首もすっかり硬い。 高校のとき、サッカー部のコーチはよく言っていた。「川島、関節の可動域はできるだけ広げろ。可動域が広がれば、できるスポーツの種類も増えるし、怪我も防げる。サッカーだけに必要なことじゃない」 コーチの言葉を思い出しながら、ストレッチを続ける。腿、膝、足首……順番に筋肉と関節を伸ばしたあと、最後に足の指先を床につけて足首を回す。バランスを取るため、手は机の縁をつかんでいる。小学校に入るときに親が買ってくれた机は、もうひどく古びていて、貼ってあったラベルはすべて色褪せ、剥がれた跡がくっきりと残っている。……
## 第五章 妹が怒った
なぜだかわからないが、父が変わった。 少し前まで父は、家で寝ているだけだった。新聞さえ見ない。ところが、冬が去って春が来るように、急に活気を取り戻した。まず、私が貸した漫画を猛スピードで読み始めた――大島弓子選集のすべて、萩尾望都作品集、そして佐々木倫子全集。『バナナブレッドのプディング』を読み終えると、庭で洗濯物を干していた私をわざわざ呼びつけ、興奮して言った。「奈緒子、これはいいねえ! たいしたもんだ!」『りんごでダイエットするとき』を読み終えると大声を上げ、『トーマの心臓』では涙を流し、『毎日が夏休み』は三度くり返して読んだ。 それにしても、少女漫画に熱中する五十一歳のおじさんを見ていると、とても面白い。少女漫画をたくさん読んできた人なら、さっとページをめくるところも多い。けれど父はいつも深く感動し、感じるところが多い。その素直さは、まるで子どもだ。 とりわけ面白かったのは、父が大島弓子選集を読み終えたあと、私が『グーグーだって猫である』を渡したときだ。大島弓子のエッセイに出てくる猫――サバに、すでに情を移していた父は、その本の八ページ目で、力いっぱい本を閉じた。 とても真面目な声で私に尋ねる。「奈緒子、サバはどうなったんだ?」 私は答える。「読めばわかりますよ。言っちゃったら、面白くなくなります」 「そうだな」 しかし父は表紙を見つめたまま、結局もう開くことはなく、『グーグーだって猫である』をそっとソファの上に置いた。 三、四日経っても、その本はまだ……
## 第六章 復讐のノックアウト
奈緒子が、変わってきている気がする。 何がどうなったのか、俺にはわからないし、確かめようもない。けれど、月夜の散歩をしたあの夜から、彼女の印象が違って見える。背筋を伸ばしているような感じだ。もちろん、実際にもう背が伸びるはずはない。それでも俺にはそう感じられる――大人びて、自分の足で立てるようになった、と。 そんな奈緒子は、とてもまぶしい! 人は変わらないものだと思われながら、いつでも少しずつ変わっていく生き物だ。何もせずに一日一日を過ごしているように感じても、実はどこかで変化が起きている。奈緒子の変化を掴むべきなのか、俺にはよくわからない。その変化が良いのか悪いのかさえ、わからない。ただひたすらまぶしくて、それで少し気後れする。 たぶん、奈緒子はまた一歩、前へ踏み出したのだ。 俺には踏み出せない、あの一歩を! ※ 何が起きたのかを教えてくれたのは、春日貴子だった。 「ごめんなさい!」と春日が言う。 携帯から聞こえる声には雑音が多く、聞き取りにくい。それでも、彼女が落ち込んでいるのははっきりわかった。「奈緒子を誘うべきじゃなかった」 「どうしたんだ?」 「この前、伊沢たちと集まって飲んでたとき、途中で奈緒子が席を立ったの。具合が悪いって。でも様子が本当におかしかったから、本人の言うとおりじゃないと思った。それで別の個室にいた同級生に聞いたら、加地の話をしてたって。奈緒子、絶対に聞いてたと思う」 「加地」という名前で、胃がきゅっと縮む。俺には簡単に……
## 第七章 星に願いを
本山の家は、母のいない生活を続けている。絵里は、昔の同級生に会いたくて佐賀を出てきたのだと言い、それから春休みが終わるまで、ずっとここにいることになった。父と私と絵里の三人で暮らしている。佐賀の家で母がひとりきりでいることを思うたび、胸がひどく痛む。 絵里は母の気持ちを考えて、毎日佐賀に電話をかけている。私も母と何度か話した。誰もが予想しなかったことに、母の声は異常なほどしっかりしていて、それがかえって不安になる。父を許すつもりなのだろうか。それとも、もう諦めたのだろうか。 「この家は、いったいどうなるんだろう」私はため息をついて言う。物事を胸にしまっておくのが嫌いな私は、両親のことを巧に話した。「もしかしたら、離婚するかもしれない!」 巧も真剣に悩んでくれる。「結局、お父さんが折れるか、お母さんが折れるか、どちらかを待つしかない。そういうことなんだよ。離婚は年々増えてる。昔、テレビで似たような番組を見た覚えがある」 「番組? どんな?」 「寂しかった」 「寂しい?」 「何十年も一緒に暮らしてきたんだろう? 短い時間じゃない。それなのに、旦那さんが退職金をもらったあとで二人で分けて、さよならだ。そりゃ惨めで、寂しいよ」 春の陽がぼんやりと照る夕方、私と巧は家の近くの商店街を歩いていた。二人とも時間を空けて、一緒に夕食を食べることにした。本当は外で食べるつもりだった。けれど父は外出していて、私まで出かけてしまったら、絵里がひとりになってしまう。 「それじゃ絵里がかわいそすぎるよ!」巧はごく自然に……