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## 人物紹介
ユーリ・ローウェル かつては帝国騎士団の一員だったが、今は帝国の庶民区のある家に身を寄せている。幼いころから一緒に育ったフレンとは兄弟も同然の仲で、ラピードの飼い主でもある。 エステル ほとんど軟禁に近い立場で、帝都ザフィアスの城に暮らしている。魔導器を介さずとも治癒術を使えるという事実は、外には伏せている。フレンとはとても仲が良い。 ラピード ユーリの愛犬。普段の振る舞いを見ていると、人の言葉が理解できるのではないかと疑いたくなる。ただし、むやみに人には懐かない。 カロル・カペル 魔獣討伐ギルド「ハンティングブレイズ」のメンバーで、自らをギルドの第一人者と称している。しかし生まれつきの臆病さから数々の失敗を重ね、ついにはギルドを解雇された。ユーリと出会ってからは、彼とともに旅に出ている。 リタ・モルディオ 魔導器研究の権威。自分が研究する魔導器に対しては、度を越して熱中する傾向がある。人と付き合うのは苦手だが、エステルには強い興味を抱いている。 レイヴン 神出鬼没のおじさん。城の監獄でユーリと出会い、脱出を手助けした。普段は何事にも頓着しないように振る舞っているが、実のところ弓と短剣の一流の使い手である。 ジュディス 妖艶なクリティア族の美女。武器は長槍。傭兵団の基地に閉じ込められた際、ユーリと力を合わせて窮地を脱した。性格は穏やかだが、気に入らない相手には遠慮なく言葉をぶつける。 フレン・シーフォ 実直な人柄で、誰からも尊敬される騎士。帝国を内側から改革することを夢見ている。幼いころ、ユーリとともに帝国の庶民区で育った。……
## 第一章
帝都ザフィアスの夜は、深い闇に覆われていた。 (昔も、こんなふうだったのかしら……) かつてこの部屋から眺めた夜景は、今ではぼんやりとした記憶にしか残っていない。あの旅があまりにも長かったせいだろうか。それとも—— 久しぶりに自分の部屋へ戻ってきたというのに、エステル——エステリーゼ・シデス・ヒュラッセイン——は胸の曇りを払うことができず、憂いを帯びたまま窓辺を離れた。 小鳥のレミリアは籠の中で浅くまどろんでいる。床の上で同じく居眠りをしていたラピードは、部屋の中を歩く気配を嗅ぎ取ったのか、鼻先をわずかに動かしてから右目を開けた。 「うぅ……」 普段のラピードなら、エステルの動きに反応することなどほとんどない。彼女がどれほど距離を縮めようとしても、この犬は人を寄せつけない態度を崩さなかった。今の反応はかえって、飼い主であるユーリ・ローウェルがそばにいないことを、エステルに改めて思い知らせた。 「ラピード、寒くない?」 彼女は声を潜めて部屋を横切り、あまり近づきすぎないよう気をつけながら、ラピードの近くのソファに腰を下ろした。 「……」 ラピードは逃げはしなかったが、また目を閉じてしまった。エステルは小さく息をつき、大きな犬の体に付けられた、見慣れた武醒の魔導器へ視線を落とした。 「少し、おしゃべりしてくれない?」 エステルはそれでも、ラピードにそう尋ねてみた。本当ならもう就寝の時間で、彼女も楽な寝間着に着替えてしまっている。けれど、この子が普段見せる行動は、どうしても人を……
## 第二章
子どものころから、不思議でならないことがあった。 物語を書く人は、いったいどうやって登場人物を生み出しているのだろう。 髪型、服装、身長、瞳の色、声。そして何より、その人となりと性格。 年表や学術書を読む楽しみと、物語を読むときの、わくわくして待ち遠しい感覚。似ているようで、まったく別のものだ。 城の外へ出て、初めてそのことが本当にわかった。 かつてのわたしは、出口のない湖の中に住んでいるようなものだった。 外の世界は流れている。いついかなるときも、流れ続けている。その流れがいつも穏やかで静かだというわけではない。それでも、たくさんの気づきをもたらしてくれる。 それが、友達。 そして、仲間。 わたしはやっと、ずっと会いたかった人たちに出会えた。物語の登場人物を創り出すことより、ずっと簡単で、同時にはるかに難しく、そしてずっと幸せなことだった。 すべてが一段落したら——絵本を一冊、描こうと思う。 それは、わたしの一方的な願いでしかないのかもしれない。けれどそのとき、わたしは創る者たちが歩いてきた道の上に、自分の足跡を残しているのかもしれない。 喜びと悲しみ。美しさと醜さ。 仲間と過ごしたかけがえのない時間を知ったからこそ、孤独は耐えがたいものになる。闇に沈む死の淵に立ったことがあるからこそ、背後の陽光がこれほどまぶしいとわかる。 これらの物語を書くとき、心の中にはきっと、あの人たちの姿がある。 § 「ユーリって、本当にみんなから好かれて……
## 第三章
ハルルの樹が、息をのむほど色とりどりの花びらを散らしている。 エフミド丘陵から見渡せば、きらめく波を連ねた広大な海が広がっていた—— 初めて城の外へ出たわたしにとって、目に映る自然はどれも新しく、美しかった。 フレンを追ってたどり着いた街、カプワ・ノル。帝国という仕組みの醜い一面を、初めて見せつけられたあの街の、冷たい雨でさえそうだった。 けれど自然がどれほど壮大で美しくても、その自然の中で生きる人の心は千差万別だ。悪意に満ちた人もいる。そして、その人の顔を見ただけでは、かならずしも見分けがつくわけではない。 旅に出たのはわたし自身の決断だった。それでも、ユーリが庶民区の水道魔導器を取り戻すまでは、わたしにできることといえば、ただ彼の足取りを追い続けることだけだった。 それでも、自分の力が人の役に立つと知ったとき、心の底から嬉しかった。 この旅で、わたしは本の中にしか存在しなかった世界に、初めてじかに触れた。誰かの傷を癒し、誰かの苦しみを取り除き、あるいはただ言葉を交わすだけでも、返ってくる感謝の大きさに驚いた。同時に、自分を誇らしくも思った。 今思えば、あのころのわたしは少し調子に乗っていたのかもしれない。 もし帝都に残り、籠の鳥のままでいたなら、わたしは幾重もの帷の中で生き続け、真実を知ることは永遠になかっただろう—— § 「残念だけど、ここでお別れだね」 ダーグレスの街角で、カロルは寂しげな目をエステルへ向けて見上げた。 「これから街に来るときは……
## 第四章
【毒】 主に動物や植物が体内に持ち、自身を守るために働くもの。 一部の動植物は、自らが毒を持つことを示すため、外見や姿に明らかな特徴を現す。 わたしはかつて毒性学の本を読んだことがある。動植物界を代表するさまざまな毒性の構造が、図とともに紹介されていて、その内容は今でもはっきり覚えている。 けれど、自分自身が毒そのものだなんて、考えたこともなかった。 カロルとユーリがギルドを立ち上げたとき、わたしが「ブレイブ・ヴェスペリア」という名を提案したのは、きっと心の奥で、わたしの未来を照らしてくれる何かがほしかったからだろう。 わたしという毒は、自分を守るために存在しているのではない。 自分の意志とは関係なく、自分でも気づかないうちに誰かを傷つけ、命さえ奪ってしまうかもしれない。 そんなことは、絶対に許してはならない。 あの日、城の外へ出ることを選ばず、周りの人たちに動かされるまま生きていたなら、特別に楽しいことは起きなかったかもしれない。けれど、これほどの苦しさを味わわずにすんだのかもしれない。 時間が巻き戻ればいいのに。 これが南柯の夢であってほしい—— 毒が何を意味するのかを知ったとき、わたしの心はそう願っていた。 § 砂漠には終わりがないように思えた。ときどき見える魔物の骨を除けば、道中にサボテンさえほとんど見当たらない。エステルたちは進み続けるしかなかった。倒れてしまえば、道に転がるあの魔物たちと同じ結末になるとわかっていたからだ。 「ああ~!」 さっきまで歩くことさえできそうになかっ……
## 第五章
地図にない街、という言い方がある。 わたしの住む大地——ティルカ・リュミレースにも、この大地の地図には載っていない街がある。 城の外へ踏み出したとき、わたしはこの広い世界を知り尽くしたつもりでいた。けれど世界は、わたしが知っているよりもはるかに大きく、深かった。 長く続く時間。長く続く街。 空を見上げれば、そこにひとつの街が漂っているのが見えた。 自分が消えさえすれば、すべてが丸く収まる。それは、小さな世界に生きる者だけが抱く考えなのかもしれない。 大切にしていたものを失ったとき、その人にとって世界は、もう世界ではなくなる。 時間も、空間も、人の心も、ひとつの世界であり得る。 すべてが終わったあと——わたしは絵本を創ろうと思う。 かつて図書室で、何度も何度も読んだあの冒険譚。 物語の途中で姿を消した少女、レミリア。 彼女を、わたしの絵本へ招きたい。 強くて優しく、自分が歩く道を自分で決められる。レミリアはきっと、そういう登場人物になる。 § 「まさか、空を飛ぶ街があるなんてな」 レイヴンはフェルティア号の甲板に立ち、顎を撫でた。 「それはさておき、あのデカいのは何だ!? 生き物みたいに見えるぞ」 リタが振り返り、ジュディスに尋ねる。 ジュディスは、あれも始祖隷長だと皆に告げた。 謬祖はすでに目の前まで迫っていた。バウルはクラゲの傘の部分からその中へ入り、やがて街道の上に降り立った。 エステルたちはフェルティア号を降り、……
## 終章
自分は狭い世界に生きているのだと、ずっとそう思っていた。けれどいつの間にか、その考えは自分の一方的な思い込みにすぎないと気づいた。 仲間はそれぞれ、違う過去を背負っている。長い旅の中で、わたしは彼らが背負うものを少しずつ見ていった。それに比べれば、わがままばかり口にするわたしは、何もわかっていない子どもみたいだった。 レイヴンがすべてを説明しに来て、心臓の魔導器を見せてくれたときも、同じことを感じた。 いつ止まってもおかしくない魔導器に命を預けなければならない。レイヴンの心の不安は、誰の想像をもはるかに超えていたに違いない。わたしがレイヴンの立場だったなら、きっと彼と同じことをしただろう。自分の命と引き換えに、もっと深い罪を背負ったかもしれない。 けれどレイヴンは強かった。人生をやり直すと決め、だからわたしのところへ来た。 わたしも覚悟を決めた。自分の意志で、レイヴンを信じると。 レイヴンが謝ったとき、わたしは怒ってもいないし、憎んでもいないと伝えた。これからも、わたしたちと並んで戦ってほしいと。 わたしがアレクセイに捕らえられていた間に起きたことを、リタは残らず話してくれた。 誰ひとり、わたしを見捨てなかった、と。 だから、わたしもユーリを見捨てない。 § ラピードの耳が、ふいに動いた。 「ワン!」 素早い動作で立ち上がり、鼻先でエステルの部屋のドアノブに触れ始める。 「ラピード!?」 エステルが慌てて椅子から立ち上がったときには、ラピードはすでに扉をくぐり、廊下へ出ていた。 「待って、待ってよ!」 エステルは手を伸ばし……
## あとがき
みなさん、こんにちは。矢島です。 『宵星伝奇 金色の満月』をお届けします。 外伝の第一巻は、エステル編です。 物語の冒頭、生まれてからずっと帝都ザフィアスの城で暮らしてきた彼女が、初めて旅に出ます。 エステリーゼはもともと、自分で物事を決めることに慣れていない人でした。 けれど立て続けに起きる出来事と、ユーリやほかの仲間たちの影響を受けて、彼女は少しずつ成長し、自分の進む道を選べるようになっていきます。もっとも、あの状況では、決めたくなくても決めなければならない、という面もありましたけれど。 今回の物語は、ゲーム第二部の結末、すなわちザウデ不落宮のあたりで一区切りとなります。もちろん、宵星伝奇の物語はこのあとにも続いていきます。 次巻からは、リタ編、カロル編……と順に刊行していく予定です。すべての巻を読み終えていただければ、宵星伝奇という広い世界の全体像が見えてくる……今のわたしは、そう考えています。 リタ編では、彼女の出自の秘密(?)と普段の暮らし、そしてゲームのエンディング後にエステルとの行き来が頻繁になる様子を描きたいと思っています。 それから『蛙日記』、最終回、えっ? その、実を言うと——最後の一匹は、立春より前に逝ってしまいました。 十数年ぶりに、生きた蛙がそばにいない寂しい生活が始まったわけです。 ただ、うちでは昔から、夜になるとパタッとかカチッとかいう音がしていました。 ずっと、蛙が水に触れたり、水槽が立てたりする音だと思っていたのですが…… ところが今、うちに生きた蛙はいないのに、その音が……