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Section 1
## 挿絵
## 遥かなる夏
スキャン:illyfhy 錆びた鉄条網を越えると、目に飛び込んできたのは、海に沈んだ廃墟群だった。 林立する高層ビルが海面から突き出し、潮を押し分ける。まるで束になった銀の槍が、陽光を受けてきらめいているようだ。 二十二歳の夏。頭上には強烈な白光と、群青の空。今日も暑さは耐えがたい。太陽が火のように燃える、正真正銘の夏の日。 今週も、御中衛は鉄条網の切れ目をくぐり、立入禁止の区域へと向かった。 いつものように、東側から四棟目のビルの窓に渡した板を渡り、廃墟の内部へ入る。 錆びた鉄の扉。誰も使わない机と、ばねの切れた椅子。塗料が半分剥げ落ちたコンクリートの壁。見慣れた景色。 「ドンドンドン」と階段を下り、目的の階に着くと、非常口へ向かう。 非常口の外は、見渡す限りの青い海面だった。彼はロープで繋いだ小舟に飛び乗る。 両足に体重がかかり、小舟は一度かすかに傾いてから、元に戻る。ロープを解き、身をかがめて電源を入れ、出発する。 プップップッ—— 軽やかなエンジン音が、波間に消えていく。電動の人工筋肉を使ったエンジンは、ガソリンのものより音が小さい。 ふと見つけたボロ船を、本を見ながら修理して、使えるようにした。この小舟は、これまでの人生で、人前に誇れると思えた唯一のものだった。 ビル群の強化ガラスが、碧い海と青空、そして陽光を受けて眩しく輝く。彼は思うがままに、コンクリートのジャングルを縫うように進む。船体が跳ね上げる小さな波しぶきが、彼の心を……
## 無限回帰のエンドロール
十二分後 そういえば—— ここはまだ、映画館の中なのか? だが、どういうことだろう。まるでそう感じられない。本能的に、どこかおかしいと思う。 今のところ、結論は出ていない。 脳の半分はまだ眠ったままで、夢うつつに、ぼんやりと考えている。 あたりの異常な静寂は、映画館というより、誰もいない体育館にいるかのようだ。咳払い、ひそひそ話、体を動かす音。そうした類の音は、何一つ聞こえない。 すぐそばにいるはずの人の気配も、同じように感じ取れない。 前方の上部から、音程の狂ったピアノ曲が聞こえてくる。テンポの遅い旋律が、はっきりと耳に届く。この旋律を言葉にするなら、監視者の含み笑いだ。 映画の中身は、話題性ばかりで緊張感のないスリラーだった。 二〇三〇年、八月三十日。 高校の推理研究会で、僕より一学年上の先輩——穂波貴理の誕生日だった。勇気を出して、「一緒に映画を観に行かないか」と誘った。 もちろん、最初からスリラーを観ようと思っていたわけではない。いくら神経が図太くても、好きな人の誕生日にホラーへ誘うつもりはなかった。 最初に観たかったのは、ジョルダーノ主演で、ファンタジー大作と評された映画だった。ところが運悪くチケットが完売していて、仕方なくこの一本に切り替えた。 宣伝では、リアリティが凄まじいあまり、実話を基にしているという噂まで流れていた。実際に観てみれば、少女が怪物に追われ続ける画面を延々と繋いだだけの「大作」にすぎなかった。 エンドロールが……
## 『夏休みの終わり』
現在 残り156時間43分 「もし————」 川辺を歩きながら、僕は彼女に訊いた。 「自分の命を犠牲にすれば世界を救えるとしたら、芳川、君ならどうする?」 眩しい陽光。眩しい陽光の下の、真っ黒な影。底知れない青空。連なりうねる山。耳障りな蝉時雨。せせらぎの川。ぬるい空気。ゆるゆると吹いてくる涼風。 塾からの帰り道。僕たちはいつものように、夏の風景の中を並んで歩いていた。 「またあの変な夢?」と芳川が訊く。 シャツが陽光の下で、眩しい白さを放つ。麦わら帽子が影を落とし、表情はよく見えない。だが声はすでに明白に示していた——機嫌が悪い、と。 「そんな荒唐無稽な話、よくも何度も言えるわね!」 雨のような蝉時雨の中で、彼女は文句を言った。まったくその通りで、必死に抑えようとしてはいるのに、芳川と一緒にいると、気が少し緩んだだけで口をついて出てしまう。 「意味のある話をしなさいよ。高校最後の夏なんだから。大学に入ったらバラバラになるのに、残りの時間をちゃんと使おうと思わないの?」 不満げに言い、それから微笑んだ。 「そう、たとえば、今日一緒に何か映画でも観に行かない? みたいな。」 「ジョルダーノの映画は、九月からだろ。」 「ジョルダーノが出てない映画なら、八月からあるわよ。」 「それでいいのか。受験生がそんなことをして。」 「受験生だからこそ、やらなきゃいけないの! わかってる? わかってないわね~」 そう言って、彼女は僕の腕に手を絡めた……
## 一千年年の森
東西に連なりうねる砂丘と、東から西へ赤から深い青へと移ろう空。それが、僕の視界のすべてだった。 ここは、人間が生きていける場所ではない。つまり、非居住区域だ。 黄昏。一日のうちで、いちばん好きな時間だ。 僕は鼻歌を口ずさみながら、果てしなく広がる砂の世界を歩き、腰に下げた革袋を開け、最後の一粒の種を取り出して、砂の中に埋めた。 小さく息をつき、種が早く芽吹くようにと祈る。 ……これで、今日の仕事はすべて終わった。 出かけるときに種でいっぱいだった革袋は、もう空っぽだ。 砂丘の上に立ち、あたりを見渡す。いつか、このあたり一帯は、とてもとても大きな森になる。先生との約束を、一日たりとも忘れたことはない。 振り返ると、砂地に足跡が残っている。すぐに消えてしまうこの足跡が、自分がここで生きている証のように思えて、つい願ってしまう。この足跡が、ずっと残っていればいいのに、と。 砂丘を登ると、遠くに白いドーム状の建物が見える。僕の家は、歩いて一時間で着く、あの白い半円形の屋根の下にある。 さらに先には、とてもとても大きな高層ビル群があり、天へ攀じ登ろうとするように、揃って空へ伸びている。 遠い過去、このあたりは海面の上昇によって水没し、その後は放置されて、人類の文化の足跡となった。 最後の「人間」——先生が亡くなってから、二百四年と三か月十四日三時間五十七分十八秒が過ぎている。 黄昏の景色は、二百四年のあいだ変わらなかった。きっとこれからも……
## あとがき
西村? 誰それ? そんな思いでこの本を買ってくれた大多数の読者の皆さん、こんにちは。 ああ~あいつ? まだ本を出してるの? そう思った少数の読者の皆さん、お久しぶりです。 西村悠です。 さまざまな工程を終えて、ようやくあとがきまで来ました。多くの方の助けを借りて、なんとかこの本を仕上げることができました。 ええ……なんだか照れくさいのですが、キーボードを叩くこの指は、いまも上梓の喜びに震えています。 この状態ではまともな文章も書けそうにないので、先に一杯いただくことにしました。 乾杯。 ……酒は喉を通りました。ここから先は、酒の勢いを借りなければ口に出しにくい持論です。 僕だけがそう感じているのかもしれませんが、何かを欲しいと思い、雑念なく必死に追い求めても、それを手に入れられる確率は一割にも満たない。 いわゆる、人生、意のままにならぬこと十に八九。 泥に足を取られ、転んでは転がり、傷だらけになって、ようやく一歩前へ進める。 それが、世の中の理なのだろう。 しかしよく考えれば、それも無理からぬことだ。 なにしろ地球は、僕たちを中心に回っているわけではない。 だから面倒ごとは、やって来たいときにやって来て、僕たちの意向など訊いてはくれない。 僕たちはいつも、「どうしてこんなことに……」とか「なんでいつもうまくいかないんだ!」と文句を言いながら、それでも生活を続けている。 まったく、思いどおりにはならない。だが、それによって均衡が保たれている…… 運命の神は、そう簡単には人を幸福にはしない。 だから、いまこれを読んでいる君! たとえ今、幸せに暮らしていなくても、気にすることはない。この世界には、そもそもそんな……