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## 挿絵
## 序章
掃図:シンデリーラ 翻訳・校正・推敲:シンデリーラ 公開:董君 【嘘は大きければ大きいほど、ばれにくい】 この言葉は、ある師匠の名言である。 実際のところ、小心者が嘘をつくときは、たいてい同じような小さな嘘を繰り返すものだ。 飲み屋で知らない相手と朝まで飲んでいた、とか。 買い物の途中で幼なじみにばったり会って、思い出話に花が咲いて長居してしまった、とか。 そんな言葉を、香水の匂いを漂わせながらぺらぺらと並べたてれば、どれほど鈍い奥方でも、浮気を疑わずにはいられないだろう。 だからこそ、こういう場面では、できるだけ大きな嘘をつくこと。それが師匠の口癖だった。 たとえば、街なかで悪漢に襲われていた姫君を救い出した、とか。 王都の親衛隊と突然出くわして、一日じゅう道案内をさせられた、とか。 森で竜に遭遇し、命からがら逃げ延びた、とか。 荒唐無稽ではある。だが、こういうときこそ、信じがたい話であるほどいい。 荒唐無稽であればあるほど、相手は真偽を見極めにくくなるからだ。 ただの一市民が、姫君と知り合いであるはずもない。親衛隊と関わりがあるはずもない。まして森へ出かけて、本当に竜がいるかどうか確かめることなど、できるはずがない。 初めてこの言葉を聞いたときは面食らい、なんていい加減な師匠なのだろうと思った。けれど、師匠のもとを離れ、生活に追われてひとりで生き延びねばならなくなったとき、この一言がこのうえなく尊い宝であることに気づいた。 なぜなら、これこそは……
## 第一章 詐欺師、大物を騙る
眼前で唾を飲み込んだ少女の名は、なんだったか。忘れた。 それでも、自分に幸福をもたらしてくれた天使であることだけは、覚えている。 田舎仕立ての装いをしたその少女は、こちらをじっと見つめ、もう一度訊いてきた。 【あなた様は、本当に白銀のエシル様なのですか?】 すでに五度も訊かれている。とはいえ、豪華な食事をご馳走してくれた相手だ。無愛想な態度は見せられない。そこで、もう一度答えた。 【そのとおり。わしが、巷で噂の天秤評議会の軍師のひとり、白銀のエシルだ】 【白銀のエシル様は、美しい銀の髪をお持ちだと伺いました】 【おいおい。白銀のエシル様が、異名どおり銀髪だったら、あまりにもあからさますぎるだろう。ひとつもひねりがないじゃないか】 【えっ、そうなのですか……】 【そうなのだよ、そのとおり。たとえば蒼狼だって、青くはないだろう。よく見れば灰色じゃないか。それに紅蓮熊は初春には赤茶色で、紅蓮どころではない】 【はあ、確かに】 【だから、白銀のエシルの髪が黒いことなど、何の問題もない。いや、むしろ当然なのだ。自然の哲理であり、神の御意志であり、運命のなせるわざなのだ】 【……なるほど。確かに、そう言われてみればわかります。白銀のエシル様の髪が白銀色だったら、かえっておかしいですね】 【よしよし、わかってくれればいい。もともとわしのような者は……
## 第二章 詐欺師と姫君
およそ千年前、かつてセレスニア大陸を統一した覇王アカムが崩御した。苛烈な暴政の終わりとともに、各地の民はこぞって立ち上がった。 人々が蜂起した理由は、自由を得るためだけではなかった。それ以上に、生き延びる権利を得るためだった。 覇王アカムの支配は、それほどまでに残酷だったのである。 その後は数十年にわたる解放戦争が続いた。大陸統一の折に流れた血の百倍にも勝る流血の末、戦乱はあらゆる弊害を一掃して、ようやく終わった。 しかしこの戦争は大陸を焦土と化し、壊滅的な動乱は生き残った者たちの心に、消しがたい傷を残した。 圧倒的な権力を握った覇王が敷いた暴政。 覇王の死後、次代の覇者の座を争って起きた戦乱。 そして、その新世代の覇者を討つために流された血。 当時の人々は、こうした無意味な戦争にすでに飽き果て、心底から、このような暴虐が二度と繰り返されぬことを祈っていた。 そして、その中で志を持つ者たちが結集し、ひとつの組織を築いた。それが、天秤評議会と呼ばれる秘密結社である。 この天秤評議会が受け入れるのは、同じ志を持つ者であると同時に、きわめて高い才幹を備えた者だけだった。言い換えれば、この組織にいるのは軍師ばかりなのだ。 しかも、並の才能の軍師では受け入れられない。 万里に一人の天才だけで構成された、少数精鋭主義の組織である。 伝説によれば、天秤評議会の軍師の智謀は五つの騎士団に匹敵し、そして……
## 第三章 老将の挑戦状
【長い旅路、さぞお疲れでしょう】。クルクス要塞に着くなり、カイルは姫から一部屋を宛がわれ、休息を許された。カイルはその厚意を素直に受け、言った。 【ああ、こいつはエリという。わしの弟子であり、使用人だ。きっとこいつも疲れているだろうから、馬小屋のような、飼い葉がそばに置いてあっても構わない部屋をひとつ、用意してもらえまいか?】 そう尋ねた。 フィリシスは笑って答えた。【もちろんです】。 一方、ぞんざいに扱われたエリが怒るより先に、侍女たちが彼女を連れて香油の湯浴みへと案内していった。 こういうときだけは女だと感じるな、とカイルは嘆息し、寝台に身を横たえて、これからの算段を考え始めた。 正直に言えば、その場の勢いでついてきてしまったが、これで本当によかったのだろうか。 早くも後悔しそうな自分がいた。 カイルはモニカ村でエシルの名を騙ることに成功したが、本当に軍師になりたかったわけではない。 カイルの人生設計は、これからもエシルの印綬を乱用し、毎日人を騙して金をせしめて暮らすことだった。それもまた、なかなか面白い。 もしも――、もしも、だ。 このままここで、姫の軍師を務めるとする。 多くの金が手に入り、皇族に次ぐ地位の日々を送れるだろう。 もしかすると、姫に仕える美しい侍女と、官能的な恋に落ちることだってあるかもしれない。 しかしその代償として、カイルは実際に戦場に立ち、指揮を執り、策を練らねばならない。 戦場に立って大軍を統べる自分を、想像してみる。 【…………】 想像の中の……
## 第四章 フィリシスの夢
エルニカよりもさらに北、ギルレット帝国の北面に位置する王国がある。その王国の王は、わずか一年で、長年国内を悩ませてきた問題を解決した。 すなわち、常々王権を蔑ろにしてきた氏族たちを、ことごとく従わせたのである。 建国以来もっとも胸躍る壮挙であり、歴史に残る偉業でもあった。しかしその功績を再現した若い王は、感慨に浸るでもなく、酒宴に出席していた。 この酒宴の名目は、当然、国内平定の祝賀である。あるいは、若い王へ忠誠を誓う場でもあった。だが王は、臣下や部族長たちの阿諛追従を淡々と聞き流すと、【酒に弱くて】という理由で席を立った。 このロクス王国では、酒が弱い者は見下される。しかし今、彼を笑う者は誰もいなかった。 この酒宴に集った人々は、【北方の龍星王】と呼ばれる若い王を敬っているのか、それとも恐れているのか。 王の偉業に瑕をつけるような、このささいな欠点を口にする者はいない。 王は私室へ戻り、そこで待っていた者に言った。 【ふん、酒というものは、やはりわしには向かんな。一杯飲んだだけで、火竜になりそうだ】 【飲めないなら、無理に飲むことはありません。私の知る限り、あの液体を好む者は、みな寿命が短い】 【数百年を生きたお前がそう言うなら、間違いあるまい】 北方の龍星王ヴォルカウスはそう答え、あらためて……
## 第五章 軍師がもっとも喜ぶとき
ハザン王国は、エルニカの西に接する隣国である。 エルニカと同じく、解放戦争の十二将のひとりによって建国された国であり、その由来と地理的な位置から、多くの者はこの二国を兄弟国だと考えている。 しかし、兄弟とはいえ、ここまで関係の悪い例はそう多くないだろう。 解放戦争の後、現在と同じ国境線が定められて以来、この二国ほど頻繁に争いを起こす国は他にない。 たとえば、ハザン王国は良質な岩塩の産地である。にもかかわらずエルニカ王国はそこからの輸入をひどく嫌い、結果として遠い地から岩塩を高い金で買い入れている。 ハザン王国にも問題はある。エルニカを横断する中央交易路を使うことを拒んでいるため、物資の輸送はすべて自前の交易路で行っている。他国の商人たちは不満の声を上げているが、この道を通ればはるかに多くの時間を要するにもかかわらず、ハザン王国に改めるよう申し入れる者は誰もいない。 なにしろ、この二国は建国者の代から、相当に仲が悪かった。 同じ十二将、と聞けば聞こえはいい。しかし当時すでに、彼らの関係は水と油も同然であり、その因縁は今に至るまで続いている。 そうした理由から、両国は国境問題で争いが絶えない。 わずか一年のあいだにも大規模な戦闘が数度起こり、十年のうちには会戦規模の戦争が一度は起きる。それが常態となっていた。 そのため、昨日、伝令から受け取ったハザン王……
## あとがき
こんにちは。お久しぶりです、と言ってよいでしょうか。 二年前、ファミ通文庫より【律色幻想】という本を一冊出した、羽田遼亮です。 このたび、幸運にも第二のシリーズを出版できることになりました。 これもひとえに、いつも支えてくださっている読者の皆さまのおかげです。 この場を借りて、一言申し上げます。 【本当にありがとうございました――!】 また、今回の出版に全力を尽くしてくださった担当編集のK先生、イラストレーターのまりも先生、そしてそのほかの皆さまにも、心より感謝いたします。 以前にも本を出したことがあり、本というものは実に多くの人の関わりのなかで生まれるものだと知ってはいました。しかし今回になって、この仕事が前回にも増して、皆さまの恩恵に満ちていることを痛感しました。 とりわけ今回は、 【小説家になろう】 のサイトに投稿した物語を書籍化したものです。そのため、読者の皆さまから直接、感想や励ましをいただくことができ、本当にありがとうございました。 読者の感想は、作家の栄養なのです! 断言してしまいましょう。読者の皆さまから感想をいただけるのは、とても嬉しいことです。 実は、一通のファンレターを受け取り、それを金庫に入れて大切に保管しています。(北海道のS君、ありがとう!) このまま感謝の言葉を書き続けていては、あとがきのページが足りなくなりそうです。 【竜を殺す軍師】誕生の秘話や、他愛もない瑣末な話は、またの機会に譲ることにしましょう。 本書は、とりあえず数巻分の構想があります。次巻を出せますようにと祈りつつ、いったんここで筆を置かせてください。 2015年11月 羽田遼亮 あとがきのあとがき フィリシス……