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Section 1
## 挿絵
## 1-3
訳者:雲影亦 其の1 不変 小さな目をくるくると動かし、小さな両手を合わせたまま、隣に座っている小さな先輩が、猫みたいな小さな口を開いた。 「大きいおっぱいと小さいおっぱい、どっちが好き?」 うわ、また何の脈絡もないどうでもいい質問か……。 好みは……まあ、大きいほう、だな。 小さいおっぱいじゃどうにもならないことでも、大きいおっぱいなら止められるかもしれない。 それに、大きいなら小さいも兼ねられる、なんて言葉もあるし、この意見は大多数の支持を得られるはずだ、と僕は推測する。 「…………」 そうは言っても、この怖じけない笑みを浮かべて僕を見ている先輩に、そんなこと絶対に口に出せない。 うっかり滑らせたら最後、あの洗濯板で僕の頭を大根おろしみたいに、ごしごし擦られることになるだろう。 「おいお前、今、すごく失礼なこと考えてないか?」 「そんなことない」 「どうせ、この貧乳を馬鹿みたいに妄想してるんだろ」 「何を言ってるんだ。僕は学校でもかなり有名な貧乳マニアだぞ?」 「そんなことで有名になるにはどうすればいいんだ? まあ、いいか」 先輩は深い座席に座り直した。 体の小さい先輩は、そのまま埋もれてしまいそうだ。 足が完全に床から離れている先輩には、もしかするとチャイルドシートが必要かもしれない。 ……いや、違う……
## 4-6
其の4 猫耳 「あら、私はいわゆるオタクってわけじゃないのよ? アニメとか漫画とかゲームとかは好きだし、コスプレにも興味があって、あのふわふわして不思議な服を着てみたいとは思うけど、オタクじゃないのよ?」 「最近は、そういう人のことをオタクって呼ぶんだ」 朝の山手線。 秋葉原へ向かう電車の中で、上機嫌でまったく落ち着きのない先輩がそう言った。 —— 「オタクって言葉は、どう見ても印象が悪いでしょう。趣味がサーフィンだと言えば爽快感があるけど、サーフィンオタクと言うと、アウトドアなのに室内の匂いがするじゃない?」 「うん、まあ、なんとなくわかった」 そんな会話をしているうちに、電車は秋葉原に着いた。 「おっ。おい、やっと着いたぞ。秋葉原! 秋葉原だぞ! いやー、秋葉原の土地はやっぱり違うな。この肌が感じる空気にまで、秋葉原って成分が含まれてる気がしないか?」 どう考えても、新幹線の隣の駅から出てきた人間のセリフじゃない。 駅の中でこの調子なら、改札を出た瞬間、興奮しすぎて刺激死しやしないか。 「おい、おい! 見ろよ! 柱に液晶が埋まってるぞ! なんだこれ! しかも広告が切り替わる! こりゃすごいじゃないか!?」 「あの、そんなことしないで……
## 7-9
其の7 価値 扉を開けると、外見どおり室内も古めかしかった。 建物のあちこちに、いろいろな装飾が散らばっている、良い意味でかなり年季の入った喫茶店。 何席かのテーブルには、すでに先客が大勢座っている。 そして目を引くのは、あちこちを歩き回るメイドさんたちだ。 みんな猫耳さんと同じエプロンを着て、ふわふわと揺らしながら小股で歩いている。 そして驚くべきは、メイドさんたちのおっぱいが、どれも大きいことだ。 あれ? もしかして、ここは天国か? 僕は天国に来てしまったのか? 「秋葉原だにゃ」 猫耳さんは僕の心を読んだみたいに口元を綻ばせ、室内へ片手を挙げた。 「こちら! ご主人さまとお嬢さまがお帰りですにゃ!」 すると、歩き回っていたメイドさんたちがいっせいに僕と先輩のほうを向き、エプロンの両端を摘んで軽く頭を下げ、声を揃えた。 「「「おかえりなさいませ、ご主人さま、お嬢さま」」」 すごい連帯感だ。 服を掴んでいる先輩の体が、びくりと震えたのが伝わってくる。 この人、さっきから何を怖がっているんだ。 「それでは、お席へご案内しますにゃ」 僕と先輩は猫耳さんの後を追い、テーブルと先客とメイドさんのあいだを縫って進んだ。 そして二人掛けのテーブルに、僕と先輩はそれぞれ腰を下ろした。 僕、そんなに気持ち悪いことを言ったか? 「知らない。でも、どんなゲームで遊ぶかを要求されること、そっちのほうが気になるところでしょう」……
## 10-12
其の10 遭遇 僕は、まだ知らない街が好きだ。 慣れていない土地を歩く感覚を、特別に楽しんでいる。 見知らぬ場所には、不思議がたくさん詰まっている。 高校に入ったとき、僕はその気持ちを抱えて鞄を持ち、昼ごはんを食べる場所を探して、昼休みの校内を歩き回っていた。 「……ん?」 そして、校舎の植え込みにしゃがみ込んでいる女の子を見つけた。 こんな人気のない場所で、いったい何をしているんだろう。 最初の不思議を発見した。 いや違う、今はのんびり考えている場合じゃない。 具合が悪いなら声をかけるべきだ……なんて、当時の僕は確かにそう思って、彼女に話しかけた。 「大丈夫?」 「わっ」 彼女は小さな悲鳴を上げ、体を一センチほど跳ねさせた。 怖がりすぎだろう。 彼女は。 ネクタイが赤いから、上級生だとわかった。 でも、とても小さい。 小学生……とまでは言わないが、高校生にはとても見えない。 絹のようにすべすべした黒髪のストレートの向こうから、まっすぐこちらを見る目には、明らかに怯えた色が出ていた。 この状況でどうすればいいのか考えていると、彼女の隣に猫が一匹しゃがんでいるのに気づいた。 包装を開け、小さくちぎってその猫に差し出すと、猫は匂いを嗅いだあと、ぱくりと噛みついた。 たしかに、こういう場所があると聞いたことはある……けれど、言葉の上だけの話で、実際のことは……
## 13-15
其の13 原因 「制限時間は二時間! さあさあ、早く探しに行くにゃ」 僕たちは半ば強制的に、猫耳さんに店から追い出された。 僕と先輩は、電子部品が並ぶ小さな店がひしめく一帯を、ゆっくり歩いていた。 「ふーん、つまらないな」 「ご機嫌斜めですね」 「斜めすぎて、もう垂直と言っていい。着地を待つまでもない。あの猫耳……帰り道を知ってるなら、僕たちが来た道すら覚えてないと思って、子供扱いして弄んでるに決まってる」 そこが気に入らないのか。 「おい、電車で帰るぞ。僕は大人の頭だ。帰り道なんて、はっきり覚えてる」 —— しかし僕たちは、秋葉原駅にたどり着けなかった。 猫耳さんと来た道とは逆の方向へ戻ったはずなのに、なぜかまた秋葉原のメイド喫茶に戻ってしまう。 そして、それを三度繰り返した。 約束を守る先輩がボケているわけではない。 明らかに、異常事態だ。 「ん……おい、今さらだけど、なんだかすごくやばい感じがする」 「奇遇だな、先輩。僕の警報もさっきから鳴りっぱなしだ」 僕と先輩はこれまで、いろいろな場所を探索し、足を踏み入れ、旅をしてきた。 着いた先で、たくさんの不思議な体験をしてきた……。 「その中でも、これはかなり危険な種類だと思う……
## 16-18
其の16 沈思 「ものを探すってことは、足りないものを探しに行くってことだと思う」 それから、およそ一時間ほどが過ぎた。 立ち尽くしているより歩き回ったほうがいい、と僕と先輩は秋葉原の道を右へ左へ駆け回った。 それでも相変わらず、『探すべきもの』はどうしても見つからない。 そもそも、見当すらつかない。 内心かなり焦っている僕をよそに、先輩はぽつりぽつりと口を開いた。 「欲しいから探す。ないから探す。必要だから探す。満たされないから探す。失ったから探す。欠けているから探す。甘いシフォンケーキは苦いコーヒーを探し、苦いコーヒーは甘いシフォンケーキを探す」 終始落ち着いた声、背中に回した腕、誇らしげに張った胸、世界のすべてを見渡しているみたいに、先輩は僕の前を、ゆっくりと小さな歩幅で、一歩一歩、確かめるように、しっかりと地面を踏んで、またいで、歩いていく。 足りないもの……か。 足りないものがない、と胸を張れる自信家ではないけれど、そうは言っても、今すぐ思いつく足りないものもない。 先輩は、僕に必要なことを、先輩自身に必要なものが何かを、知っているのだろうか? 「でも苦いコーヒーは、砂糖や牛乳を選ぶかもしれない。でも間違いなく、好みは人それぞれで、何が正しいかも違う。だから、私が思うだけのことだけれど、これは……
## あとがき
言葉にしなければ伝わらない、そういうことは当たり前で、黙っていては誰にも自分の意志は伝わらない。肝胆相照らす友人だとか、卓越した洞察力を持つ人はさておき、たいていの場合、相手の意志をうまく理解することはできない。 とはいえ、言葉にしても伝わらないものもある。くそっ、こいつめ、と思っても、口に出さなければ相手は知らない。やれやれ、本当に馬鹿だな、と思っても、そう思うなら言ったほうがいい、とは思いつつ、どんな立場や環境で、どんな森羅万象の要素が絡み合っているのかわからなければ、簡単には口に出せない。 そんな感覚のまま無事に過ごせば、今どきはこれが社会というものだ、と思うようになる。無事ではあるけれど、精神の健康にはあまり良くない。じゃあ誰かに打ち明けよう、となるが、そういう相手には気を遣いすぎて、意味は三割ほどしか伝わらない気がする。 愚痴はさておき、感謝や前向きな内容までこうだと、困ったものだ。ありがとう、それだけでも照れてしまう。何を言っても口が回らない。ああ、話すというのは本当に難しい。だから僕に言わせれば、やはり文字で伝えるほうが得意だ。ああ、すらっと言える人は本当に羨ましい。 本作は『僕』がもじもじしながら書いたものだ。言葉にしなければ伝わらない。……