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Section 1
## 挿絵
## 序章:現代でフィットネスインストラクターをしていた頃
台湾版 アニメ之家フォーラムより転載 校正:ニャオバーク
みなさんは、フィットネスクラブという場所を、どんなところだと思っているだろうか。
二十代から三十代の成熟した男女が、鍛え上げた体にアディダスやナイキのスポーツウェアをまとい、スポーツドリンクを片手にトレッドミルを走らせる。本来なら、そうした都会的な空気に満ちた空間であるはずだ。
あるいは、爽やかなアスリートたちが黙々と体を鍛える、禁欲的な場所。
誰しも、そんな光景を思い浮かべるのではないだろうか。
僕、秋津翔太も、かつてはそう思っていた。体育専門学校を卒業し、フィットネスクラブに就職するまでは……。
本社での研修を終え、緊張した面持ちで職場へ足を踏み入れた瞬間、目の前の光景に、思わずぽかんと口を開けてしまった。
マシントレーニング室では、白髪の老人がウェイトリフティングの練習をしている。
エアロビクススタジオでは、四十年前なら若く美しかったであろう女性たちが、腰に布を巻きつけてベリーダンスを踊っている。
プールでは、八十を過ぎたおじいちゃんたちがバタフライで泳いでいる。
まるで、高齢化した村の公民館そのものだ。
えっと……ここ、健康と若さに満ちたフィットネスクラブのはずだよね?
シルバークラブ、なんてことはないよね?
有線放送のJ-POPまでが、妙に虚ろに聞こえて、現場にはそんな辺鄙な田舎の空気が漂っていた。
研修のとき、こんな噂を耳にしたことがある。
「辺鄙な町のフィットネスクラブには高齢者が多く、会員のほとんどが六十歳以上だ。大きな浴場とサウナがあるせいで、お年寄りたちはいつもそこを……」
## トレーニング1:MN姉妹とマラソン大会
「誰か、地面に倒れてるわ」
「馬車にぶつかったみたいね」
「着てる服、変よね」
「もしかして、稀人かもしれない」
話し声が、次々と耳に流れ込んでくる。
秋津翔太は目を開けた。
最初に視界へ飛び込んできたのは、夕陽にオレンジ色へ染められた空だった。上半身を起こそうとしたが、体のあちこちから痛みが走り、思わずうめき声が漏れる。
背中に触れる青草の柔らかさと、草の匂いが、ひどく鮮やかだった。
――青草? コンクリートじゃないのか?
誰かが顔を近づけて、こちらを覗き込んでいる。白い肌に、青い瞳。金髪が、どこか赤みを帯びて見える少年……いや、違う。身にまとっているのは、簡素なデザインのスカートだ。十五歳くらいの少女である。よく見れば胸はかすかに膨らみ、顔立ちも整って美しい。手足が長いせいで、どこか男の子っぽい印象を受けるのかもしれない。
手首と足首は革で覆われ、紐で縛られている。しかも腰のベルトに結ばれているのは、短剣ではないか。まるで、ファンタジー世界の住人そのものだ。
「お姉ちゃん、やっぱり稀人だよ」
なんと、日本語で話している。
翔太は、一瞬で頭が真っ白になった。
えっと……コスプレか? ハロウィンまで、まだだいぶあるはずだけど。
翔太が働いていたフィットネスクラブに、こんなに大げさな格好で、しかも日本語が流暢な外国人の少女会員など、いなかった。
なにしろあそこは、郊外にあって、シルバークラブみたいな場所だったのだから。
「アンジェリカ、彼を馬車に乗せて、メフィト亭へ連れて帰りなさい」
馬車? 車じゃないのか? 不安が胸の底から湧き上がる。きっとリュックが胸を圧迫して……
## トレーニング2:舞姫・巫女Nの悩み
「実は、正式な祭りのときに踊る予定なの。でも、すごく頭の痛い問題があって……あなたに助けてほしいの」
翔太は少し戸惑いながらも、マリーナの話に耳を傾けた。
マリーナは、ラニュ神殿の巫女だ。
神に仕える巫女は、クラスシャキの舞を奉納する。翔太の元の世界でいうところの、ベリーダンスである。
「その祭りって、後夜祭みたいなもの? でも、もう誰もいないみたいだけど」
翔太は、祭祀の競走がこの祭りの目玉だと思っていた。
雨はすでに上がっていたが、神殿前の広場は人影もまばらで、学園祭が終わったあとのような寂しさが漂っている。
三人は並んで神殿の軒下に立っていた。雨水の匂いに混じる甘い香りに、翔太の心臓は思わず速くなる。
マリーナの髪の香りだ。
――こんなにいい匂いがするなんて。花の香りだ。美人は、まとっている香りまでこんなに魅力的なのか。
翔太は相手に悟られないよう、できるだけ静かに深く息を吸った。
「雨のせいよ。夜の祭祀が始まれば、また人が増えるわ。巫女の舞は祭祀の一部だけど、平民にとっては娯楽なの。みんな、すごく楽しむのよ」
アンジェリカがそう言った。
マリーナも続ける。
「夜になって月が出てからが、本当の祭祀なの」
「ラニュ神は月の神だからね」
「正式な祭りでは、あなた一人で踊るの?」
アンジェリカが尋ねた。
「ええ」
「へえ……それは、かなりすごいね」
「そうよ。わたしたちは、万物に神が宿ると考えていて……」
## トレーニング3:王子を目指せ!
翔太はメフィト亭の二階のバルコニーで、アンジェリカと一緒に、洗い立てのシーツを干していた。
月神祭のあとはかなり忙しく、祭りの余韻に浸る暇などまったくない。掃除と洗濯に追われ続ける日々だ。
この世界には、元の世界のような洗濯機も洗剤もない。リネンを手でもみ洗いするのは、かなり骨の折れる仕事だった。
通りの向こうから、馬に乗った人が駆けてくるのが見える。この世界で馬に乗ること自体は珍しくない。だが、騎士の装束も鞍も衣服も、かなり立派だ。遠くから眺めただけでも、飾りを重んじた一式だと一目でわかる。
「アンジェリカ、あの馬、かなり立派だと思わない?」
「王宮から来た使者よ」
「なるほど」
そのまま通り過ぎていくものと思っていたが、馬はメフィト亭の前で止まった。鞍から飛び降りた壮年の男が、扉を叩く。
衣服はぴしりと整い、背筋を伸ばした立ち姿からは、たしかに王宮の使者らしい風格がうかがえる。あの見慣れない衣装は、王宮の正装なのだろう。
「王宮の使者が、僕たちに何の用だろう」
翔太とアンジェリカが驚いてそろって階段を下りると、勅使がカレンに向かって羊皮紙を広げ、来意を説明しているところだった。
勅使の突然の訪問に、カレンは一瞬、目を丸くしている。
「アンドレ殿下は、メフィト亭に滞在しておられる稀人、翔太どのを宮中へお招きしたいとのことです」
「翔太の名前まで、もう知られてるんだ」
アンジェリカが、ひとりごとのように言った。
「僕が翔太です。僕に何の用ですか」
「アンドレ殿下は、あなたとお茶をともにしたいと……」
## 終章:異世界でフィットネスインストラクターとして
アヴィニョン王国の神殿の近く。
メフィト亭は、通り沿いに建っている。
美人姉妹が営む、なかなか名の知れた宿だ。姉のカレンは、人の心を癒やす気品のある美女。妹のアンジェリカは、男言葉で話す、男の子っぽい少女である。
近々結婚を控えたカレンは、いっそう艶やかに美しくなっていた。
料理が美味しいだけではない。焼きたてのパンは、まさに極上だ。
隅々まで丁寧に掃除されていて、泊まっていてとても居心地のいい宿だと言える。
そしてそのメフィト亭の看板の下に、小さな木の板が掛けられていた。
『フィットネス・トレーニングセンター』
普段は宿の仕事を手伝っている稀人の翔太が、運動や体に関する相談も兼任している。
痩せたい。
かっこいい筋肉をつけたい。
競走で一位を取りたい。
もっと上手に踊りたい。
眠れない。
謝礼はディナール銅貨一枚でいい。だが、牛乳一本でも、オレンジを袋いっぱいでも、人の悩みは解決してやる。
王子と王女の皇太子儀式でソレ王国の刺客を抑え込んで以来、翔太は一躍その名を知られるようになった。
刺客は突然、牢から姿を消してしまった。それでも、この一件でアヴィニョン王国はより強くまとまった。
摂政を務める王妃は今も健やかで、レイチェル王女殿下は政務の補佐に専念している。
見事な剣さばきで刺客の矢を打ち落としたアンドレ王子殿下は、しばしば病床にあるという噂もある。それでも、アヴィニョン王国とソレ王国は無事に同盟を結んだ。
アヴィニョン王国にも、穏やかな日常が戻ってきていた。
ある日、ポロシャツとトレーニングウェアを着た人物が……
## あとがき
こんにちは、あるいは初めまして。わかつきひかるです。
本書は、フィットネスクラブのフィットネスインストラクターが異世界へ転生し、専門知識を武器に活躍する物語です。フィットネスインストラクターとは運動指導員のことで、仕事の内容は、フィットネスクラブで水泳を教えたり、筋持久力トレーニングのプログラムを組んだり、ダイエットを指導したり、ボクササイズ(ボクシングを基礎にした運動プログラム)のコーチを務めたり、といったものです。
小説内の運動に関する知識は、現在フィットネスクラブのフィットネスインストラクターとして働いている私が、以前少林拳法を学んだ師匠から聞いた話、そして文献やネット上の知識を参考に書いています。
作中に出てくるストレッチのマジックは、少林寺拳法の師匠に教わったものです。ぜひ試してみてください。感動するほどの柔軟性が実感できるはずです。本当に、魔法みたいなんです。
私自身は初段でやめてしまいましたが、高段者の師匠や整骨師に何度も体を整えてもらってきたので、人間の体の構造はかなりよくわかっているつもりです。
物語には可愛い女の子がたくさん登場します。ショートヘアでお茶目な妹、優しく淑やかな姉、責任感のある高貴な王女、そして現代っぽく明るく活発な王女。
主人公は彼女たちの悩みを解決して感謝されます。それだけではありません。国と国との権力争いにも巻き込まれていきます。
権謀術数が渦巻く中世ヨーロッパ風の異世界で、主人公は専門知識を武器に生き延びることができるのか。
最後に、美しい挿絵で拙作を彩ってくださった植田亮先生、そして本書に関わってくださったすべての方々に、感謝を申し上げます。……
