下脚野菜村の敗部復活大作戦

NOVEL · SECTION 01 OF 01 · 日本語

下脚野菜村の敗部復活大作戦 — Section 1

マクドナルドもない。スターバックスもない。セブン-イレブンさえない。覚悟はとっくにできていたはずなのに、辺りに広がるど田舎の光景を目にした瞬間、八月だというのに背中を冷たい寒流が駆け抜けていくような侘しさがこみあげた。フロントガラスの向こうに見えるのは山々と林、そしてかつて田畑だったものが、いまは完全に打ち捨てられた荒れ地だけ。多岐川優は都心から道なりに……

Read full book on one page (1 sections) ↗

THE READING ROOM

Text in 日本語

Contents · 1 sectionsSection 1

01 / 01

Section 1

## 第一章

台湾版 転載:負け犬小説組 優 マクドナルドもなく、スターバックスもなく、セブン‐イレブンもない。 心の準備はとうにできていたはずなのに、周囲に広がるこの辺鄙な田舎の景色を目の当たりにすると、八月だというのに背筋を寒流が駆け抜けるような侘しさが込み上げた。フロントガラスの向こうに見えるのは山並みと林、そしてかつては田畑だったはずが、今ではすっかり荒れ果てた空き地ばかりだ。多岐川優は都心から中央自動車道を二時間以上走り、インターを降りてからさらに一時間近くハンドルを握り続けていた。 さっき山麓の町もずいぶん寂れていたが、山に入ってからの光景はさらに目を覆いたくなるほどだった。ここは本当に日本なのか。自分は本当に現代を生きているのか。今にも前方の林から恐竜が飛び出してきそうな気がする。飛行機が空を横切れば、このあたりの住人は空に向かって拝み始めるかもしれない。 ははは。多岐川優は愛車のBMW7シリーズを走らせながら、声を上げて笑った。 そこまではあるまい。とはいえ、このあたりでは携帯の電波も届きにくいだろうし、宅配便も三日はかかるかもしれない。これからの暮らしは、かなり不便になりそうだ。のんびり暮らせるのはいい。不便なのは、少し頭が痛い。いっそ、ここを都会にしてしまえばいい。 優はすぐに首を振り、自分の突拍子もない思いつきを打ち消した。 馬鹿なことを。自分は都会の暮らしから逃れるために田舎へ来たのではなかったか。ようやく決心して辞表を出し、独立して事業を起こすことにした。その前に、どこかでしばらくのんびり過ごし、心身を一新したかった。この……を活かして、

## 第二章

美穂 農閑期に入ると、地主の同意を得た六ヘクタールの水田を畑に切り替える作業に、一日中追われるようになった。三樹夫と千秋もこの仕事に加わり、二人とも年末は実家へ帰らず、ここに残って村民とともに年を越した。優は相変わらず裏方を担っていたが、三樹夫たちと同じように村で新年を迎えた。元日には、雨乃ばあさんの家を訪ねて客になったという。 農閑期が終わると、今年最初の収穫の季節がやってくる。 目覚まし時計が鳴ると、美穂はすぐにベッドから起き上がった。 そして隣の部屋へ行き、正登を起こしてから朝食の支度に取りかかった。 白飯、生卵、海苔、焼き魚、味噌汁の朝食を手早く平らげ、日が昇る前に家を飛び出し、収穫を始めた。 薄暗い田畑で刈り取りをしているのは、美穂と正登だけではなかった。止村の村民はほぼ総出で、作蔵、雨乃ばあさん、九歳の省吾の姿もある。省吾はこれから農家になると宣言して以来、以前にも増して熱心に祖母の農作業を手伝っていた。 「おはよう。」 「今日は早いね。」 「みんな同じだよ。」 挨拶を交わすたびに吐き出す息は白く、長靴の底から冷気が足の裏へ染み込み、両足は思わず地面を踏み鳴らした。桜はすでに蕾をふくらませているが、朝晩の空気はまだ冷たく、鼻先が凍りつきそうだった。 人垣の中に、優の姿はなかった。 彼は今でも、農作業には一切手を出さない。美穂が何度勧めても、自分にはほかにやることがあると言い張るばかりだった。 それでも、優のおかげで今の止村には活気がある。最大の理由はもちろん、集落で農業経営を始めてから、耕……

## 第三章

正登 夏の大豊作が終わり、農業経営の組織が発足してから一年が経とうとしていた。 村民は、止村でいちばん大きな神社で小さな村祭りを開き、しっかり祝うことにした。 正登が子どものころ、毎年秋になるとここでは棚田の豊年祭が開かれ、止村と、すでに廃村となった山の上の集落が神輿と芸閣を出し合い、たいそう賑わっていた。 秋祭りの目的は、豊作の実りを神に捧げて感謝を表すとともに、人がその実りを口にすることで、神と人との和合を寿ぐことにある。花火を打ち上げたり盆踊りを踊ったりと華やかな出し物が多く、日ごろの畑仕事の鬱屈を吹き飛ばしてくれる夏祭りに比べると、秋祭りはより縁日らしい趣があった。 「この村に来られて、本当によかった。街にいたころの僕は、まったくの余計者で、誰もこちらを見ようともしなかった。本当にひどい有様だった。今はようやく自信が持てるようになった。皆さん、この機会をくれてありがとう。僕が初めて漫画を知ったのは――」 千秋は神社の脇に組まれた舞台の上でマイクを握り、声を詰まらせながら胸の内の喜びを語っていた。彼の野菜ベイビーは漫画ファンの間で人気を呼び、漫画雑誌でも紹介された。正登の目には悪ふざけとしか映らなかったそのキャラクターを、街には本当に好きな人がいるのだと、正登は知った。 それにしても、自分たちの人生とは何の接点もない止村に人々が興味を持ってくれたのは、千秋の功績が大きい。 「この馬鹿、自分のどうでもいい話ばかりしてないで、さっさと歌えよ。」 三樹夫は正登の傍らで片手にビールを持ち、悪態をついた。誰かがカラオケのマイクを……

## 第四章

正登 成瀬川瑞希の身からは、どこか幻のような気配が漂っていた。 正登がタクシー会社の運行管理部から総務部へ異動して間もなく、彼女はその会社に入ってきた。化粧はいっさいせず、太いフレームの眼鏡をかけ、歩くときはいつも俯いている。話すときもほとんど人の目を見ない。正登は、こんな人間がどうやって面接を通ったのか、しばしば不思議に思った。 会社に友達はおらず、昼はいつも一人で会議室に座り、弁当を食べていた。入社六か月目、出産を理由に辞めた女性社員の後任として、正登の部下になった。 正登は彼女を歓迎しなかった。前の部下は気性が強く、男勝りで、何を言われても屈しなかった。男性社員からセクハラまがいの言葉を投げられても、軽くいなしてしまった。正登の目には、付き合いやすい部下だった。瑞希はその前任とは正反対の性格で、少しきついことを言っただけで翌日には口をきかなくなるのではないか、仕事でうまくやっていけるのかと、正登は心配していた。 その心配は、すべて杞憂だった。瑞希は口数が少ないながら、上司の指示を的確に汲み取り、仕事にも真面目だった。無駄口は叩かず、仕事は効率よく、字もきれいだし、書類の整理も上手い。出産で辞めた前任よりも、よほどよくできた。 正登は何度も、瑞希が自分の部下になってよかったとひそかに安堵し、そのたびに心から彼女を褒めた。 「この前の資料、よくできていたよ。取締役会でも評判がよかった。」 瑞希は……

## 終章

「おじさーん。」 優が温室内を歩いていると、背後から声がした。省吾と信康だ。二人とも膝丈のハーフパンツにジャケット姿で、地味でありながらしゃれている。一緒に買ったものかどうかはわからない。 「ここで何してるの。みんな、逃げたんじゃないかって心配してるよ。」 「いや、逃げてない。イチゴの育ち具合を見ていただけだ。そろそろイチゴの季節だからな。」 村民が資金集めに走り回っているあいだにも、温室内のイチゴ狩りの催しは、少しずつ幕を開けていた。あの一件さえなければ、最新鋭のガラス温室は人であふれていたはずだが、オープン直後はがら空きだった。二月に入ってから、ようやく客がぽつぽつと足を運び始めた。 雨乃ばあさんたちが栽培している女峰という品種のイチゴは糖度が高く、酸味もほどよく、好評を博した。三月、四月と、観光客の数も順調に伸びていった。 「早く行こう。」 省吾が手を伸ばし、優を引っ張った。初めて会ったころよりずっと背が伸び、力もかなりついている。 「社長、ここは僕たちに任せて、早く行ってください。今日は社長の大事な日ですから。」 傍らの従業員もせかすので、優は仕方なく温室を出た。温室の外では、五月の眩しい陽光が大地を照らしていて、優は目を細めた。 家の前まで来ると、栄作夫妻と景山夫妻が、停めてあるタクシーのそばで待っていた。 「弟、逃げるんじゃないぞ。気持ちはわかる。今日が最後の日で、もう退路はない。これからは今までのように好き勝手はできなくなる。毎日、不自由なんだ。」 栄作はにやにやした顔で、口を開……

More stories from the bookshelf

Browse all novels ↗