熾天使たちの五分後

NOVEL · SECTION 01 OF 01 · 日本語

熾天使たちの五分後 — Section 1

熾天使たちの五分後。挿絵。

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THE READING ROOM

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Section 1

## 挿絵

## 序章

ブラウン管の画面やビデオテープレコーダーといったものは、すでにこの世の万象から姿を消していた。 燃料電池車が普及するにつれ、かつて騒音に満ちていた幹線道路も、かなり静かな空間へと変わっていった。 アニメのスタッフロールには、当たり前のようにアジア人の名前が記されている。 紛争地域の最前線へ派遣される国連平和維持軍のうち、八割は人造の天使だ。 これは、そんな未来に起きた物語—— the primitive memento その「五分間」は、「邂逅」と「別離」のあいだ 彼女の記憶のなかでは、世界はいつも灰色だった。世界から色が褪せたのではない。自分が色彩を失っていたのだ。 黒と白の荒野に、孤独にそびえ立っているのは、灰色の鉄塔。地面と平行に、東西へ伸びるケーブルの束。切り裂く風の音さえ、灰色だった。 もしかすると、破滅の終焉を暗示していたのかもしれない。しかし実際のところ、世界はそれほど人の心に寄り添うものではなく、ほんのわずかな暗示さえ与えてはくれなかった。いまにして思えば、彼女を失ったからこそ、暗示めいたものは、そのあとから無理やり押しつけられた設定にすぎないのだろう。突然メモリの容量不足に気づいて、あわててパソコンショップへ駆け込むようなものだ。 この灰色の由来は、どうしても言葉にしがたい。ただひとつ確かなのは、自分がよじ登ろうとしていた、あの高さ八十メートルの鉄塔、その無謀、その無謀な挑発という事実—— プロのクライマーにとってみれば、「そこに塔がある」という理由だけで、周囲の人々に迷惑をかけようと登ってしまう。しかし……

## 第一章

the 1st memento 無音空間の演出 毎朝が戦場だ。 こんなことまで慣れてしまうなんて、恐ろしい。料理をしているあいだに、理不尽なことへ目を向けなくなりはじめている。いや、無視する以前に、理不尽だと感じる暇さえない。父から受け継いだエプロンは、いつのまにか体にぴったり馴染んでいた。 母も姉も、不器用で、働く気などまったくない。限られた予算のなかで、人間の口に入る食事をしようと思えば、必然的に自分が家を切り盛りするしかなかった。かつて名門の令嬢だった母は、いまもなお「包丁とは、人を刺すための武器だ」と信じているのかもしれない。 以前、父・総志郎はこう言っていた。 ——新婚のころはな、佳枝が台所に立ったのは一度きりで……だが、指が何本増えようと、手が何本増えようと、足りなかった。 それ以来、十二歳年下の妻を「あなた様」と敬って呼ぶ男——春幡総志郎は、家事も仕事も一手に引き受けた。 しかし、そんな父はいま、そばにはいない。 知路の手の届かない、遠い彼方へ行ってしまった。 「——続いて、混乱の続く東アフリカ情勢です。昨夜、『万神殿』は現地へ第二陣を派遣しました。この行動に対し、厚木基地周辺の市民団体が抗議デモを始めています。『熾天使』の導入により、人間の兵士が最前線で命を落とす危険性は大幅に低下しましたが、市民団体のあいだでは依然として……

## 第二章

the 2o 凍りついた少女と、逃れられぬ災厄 「さて、御守の席は……」 三城は教室を見渡した。 「三城先生、あっちの席がいいと思います!」 その瞬間、知路は驚いて息もできなくなりそうだった。通夜の視線は「あっちの席」に落ちているのではなく、知路をまっすぐに射抜いていた。 視線が交わる瞬間、しかし知路はすぐに通夜の目を避けた。驚愕と羞恥が入り混じった、複雑な感情だったのだろう。 おずおずと、もう一度視線を上げる……またぶつかった。 やはり、通夜は知路を見つめていた。 「うん……それでいい。春幡の隣、空いてるね……でも、あそこ、もともと席があったっけ?」 三城は、尋常でない転校生の独断に驚きながらも、知路の隣の机が確かに空いていることには変わりなかった。転校生の席をあらかじめ決めておくのを忘れていた三城は、自分の落ち度を隠すために、快くうなずいた。 「じゃあ、今日からあそこが君の席ね」 「ご協力、深く感謝いたします」 大げさな口調で応じると、通夜は教室のいちばん後ろへ歩いていった。きし、きし、きし……メトロノームのように正確な、リズムのある硬い足音。 三城は何かを思い出したように、通夜の背中へ声をかけた。 「ああ、御守。さっきから言おうと思ってたんだけど……」 通夜はすぐに立ち止まり、きれいな右向け右をした。 「何かご用でしょうか」 「そのぬいぐるみ、もう中学生なんだから、学校には持ってこないほうがいいんじゃない?」 すぐに、三城は彼女に……

## 第三章

The 3rd memento 引っ越し蕎麦と十円玉 「ねえ。おじさん、お仕事は何をしてるの?」 「そうだな……天使の世話だ」 「天使なんて、本当にいるの?」 「覚えとけ。あれは人間だ……」 ひとり、鼻で笑ってから、おじさんはまた煙草をくわえ、低い声で言った。 「自分の都合で造りだした代物だ。とんでもない生き物だよ」 この車は、たしかに嫌な記憶を呼び起こす。子どものころ、車体の色を「銀色」と言ったばかりに、持ち主から拳と蹴りを食らった。 ——銀色って言うなって言っただろ!チタングレーメタリックだ!覚えとけ! 知路が春幡聖介を扱いづらいと感じる主な理由は、おそらく、あの拳と蹴りが心の奥に根を張っているからだろう。 聖介は総志郎の弟、つまり知路がおじさんと呼ぶ人物だ。もともとは蒔菱重工の社員で、三年前までは多香宮事業所に勤めていたが、いまは東京本社へ移っている。詳しくはわからないが、<熾天使>に関する仕事を担当しているらしい。日本政府がアメリカ製の<熾天使>の調達を決めていなければ、聖介はまだ多香宮町に住んでいたかもしれない。 「あ……通夜は聖介おじさんの古い知り合い?も、もしかして……隠し子?」 R-7の流れるような体の線を見つめながら、知路は恐る恐る尋ねた。 「春幡教官は、わたしの後見人です」 「……後見人?それに、『春幡教官』って何?あのおじさん、もしかして先生みたいなことをしてるの?」 「はい。春幡教官は、わたしたちみんなの教官です」 意味がわからない。「わたしたちみんな……

## 第四章

The 4th memento 熾天使の標本、未掲載の彼女 「おい、望奈。早く起きろ、もう朝だぞ!」 かけていた布団が荒々しくめくられた。望奈美の毎朝は、必ず望奈ママ(幼稚園のころの柚記が付けた呼び名)の「おい、望奈」から始まる。 「ん~、おはよう、ママ」 ゆっくり体を起こしたとたん、いつもと違う叱責が飛んできた。 「おはようじゃねえよ!いま何時だと思ってんだ!」 「え?……え????」 なんと、もう七時半を過ぎている!驚きのあまり、うっかりベッドから転げ落ちた。 「あ……いたい!どうして早く起こしてくれなかったの?」 腰を押さえ、望奈美は母に向かって苛立たしげに叫んだ。 「朝から何回呼んだと思ってる?昨日、また夜更かししただろ?」 「して……そんなに遅くは……」 「いいから、さっさと支度しなさい!体操服も忘れるなよ!もう干してあるからな」 「はーい」 母が出ていくのを見届けると、急いでパジャマを脱ぎ、制服の袖を手探りでつかんだ。望奈美はどちらかと言えば学校が好きな子だが、今朝はどこか陰鬱な気持ちだった。 ——御守通夜。 ふと、あの奇妙な転校生を思い出す。 「……どうして、ちとるったら……」 小声で独りごちる。 問題は、通夜が自分よりも美しいということだ。少なくとも望奈美はそう思っている。その一点だけで、すでに十分な脅威となり、望奈美の心は揺らぎはじめていた。 ラッパで起こされる環境とは、いったいどんなものなのだろう。知路には想像もつかない。 以……

## 第五章

The 5th memento 「死」を集める 「瀬菜、この髪の色、本当に嫌い!」 「どうして?わたし、好きだよ、この赤い髪。国産の<熾天使>の象徴じゃない?」 「だから……血みたいな赤だから!だから嫌い!瀬菜も、お兄ちゃんや佳撫お姉さまみたいに、黒い髪にしなきゃ!ねえ……染めちゃダメ?瀬菜、知ってるもん!人間はきれいになるために髪を染めるんでしょ!」 「ダメだ。おれは瀬菜の赤い髪が好きなんだ。染めるな」 「う……わかった。お兄ちゃんがそう言うなら、瀬菜はこのままでいい。でも……約束、してくれる?」 「何を?」 「その……瀬菜を、嫁にもらってくれる?」 「……約束する。おれたち二人は、ずっと一緒にいる」 「わあ!お兄ちゃん、大好き!」 この日、伊庭諒介は瀬菜の手を引いて、夜桜を見に出かけた。 不安定なアルバイト暮らし。桜がどれほど美しくても、酔っぱらいの吐瀉物と同じで、まったく価値のないものだ。それでも花見に出たのは、瀬菜がやめずにせがんだからだ。瀬菜はテレビを見るのが大好きで、とりわけ地方局とNHK教育が好きだった。 「見て!多香宮町の桜、今日は全部満開です!」 地方局のアナウンサーが、商人じみた満面の笑みでそう言った。 「お兄ちゃん!瀬菜、桜を見に行く!テレビじゃなくて、本物の桜!」 毎年毎年、瀬菜は同じことを言う。 瀬菜には重い記憶障害がある。春が来るたび、桜というものは瀬菜にとっ……

## あとがき

☆ライトノベル☆文庫☆enku8.☆特記: 木之歌詠は、瑞智士記が二〇〇七年以前に用いていた筆名である。同一作者の作品を検索しやすくするため、文庫では作者名をそのまま瑞智士記としている。 —————————— お久しぶりです、木之歌詠です。 デビュー以来、本当に皆様には感謝しています。 雲の上の存在だった先生方まで、温かい言葉で励ましてくださいました。読者の皆様から寄せられた感想にも、深く感謝しています。増刊号に短篇が載ることになり、書き上げたばかりの作品を、担当の方にそのまま受け取っていただけたのは、とても嬉しいことでした。周囲の人には筆名が少々ありふれて見えるようですが…… それに、ふと気づいてしまいました——次作がまだ出ていないうちに、秋になってしまうかもしれない、と。 受賞の通知をいただいたのは去年の九月です。すでにプロの作家としての生活に入っているにもかかわらず、こんなに原稿を遅らせて……ああ、毎日頭が痛いです。 この業界では、新人がデビュー作の続篇を書くのが慣例になっていますが、本作は『共振の蒼』の続篇ではなく、新しいシリーズです。もちろん、シリーズになりうるかどうかは、読者の皆様の反応次第です。ここで皆様のご意見とご感想をお待ちしています! 前作を読んでくださった方はご存じかもしれませんが、わたしはSFが大好きです。ただしハードSFはわたしには難しすぎるので、ふだんはハードSFとは言えない国産のSF小説を読んでいます。しかし、自分の趣味が過ぎて、ミステリ文庫のレーベルから外されてしまったのも事実です。 個人的には、既存の枠を壊すことは新人の大きな使命だと思っています。ただし、壊すこと自体はまだ比較的簡……

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